足鼎

 恥さえ捨てれば生きていける。こう先輩の法師から習いました。その時は大事が身に振りかかるとは夢にも思いませんでした。もっとも格言は順調な内は思い出すこともありません。今は悩み相談に来られる方に、心の底打ちができればと私の拙い体験を語っております。
 きっと格言の作者も波瀾万丈の末期に思いを語ったにちがいありません。格言の意味やしくみがわかっても後の祭りです。いや事件が起こるとともに私たちの祭りは終わったのです。もしこの禍が友に降りかかったなら、笑止千万の物語をもっと冷静に語ることはできたでしょう。しかし我が身の割りには途中からは冷静に振る舞えました。我欲の側で理知がささやいてくれたのです。
 こんな屁理屈は頭でっかちが考えるものだと謗る者がいます。実は私が頭でっかち故に招いた禍でありました。
 私たち童子は修業の末、桜とともに晴れて法師の資格を得るのです。黙々と勉学ばかりの仲間も合格の知らせにお酒をしこたま飲めます。多くの者は親元を離れた時以来の杯で、胃袋も大きくなっているので酔いは最高潮となりました。
 中には修業中もこっそり飲む不謹慎な友もいました。遊び人は何杯飲めば前後不覚になるかを知っているから、いざ本番に役立つ。「よく学びよく遊べ」とは味わい深く、悪人こそ善行ができるのでしょう。
 私もふるさと以来のお酒で美味しい上に御師匠からとなれば恩に報いたいし、拒めば資格取り消しになるのではと不安がよぎります。せこい胸算用ができる内は酔いもまだまだと杯を頂きました。
「そろそろ芸のご披露をお願いします」
と幹事の佐助が呼びかけます。
 佐助君は赤ら顔ですが、修業中の冷静さを残しています。幹事の呼びかけに応えるべく、歌や踊りが飛び出しました。陽気な踊りが繰り広げられたかと思えば、次の歌は渋い声が心にしみます。それから軽やかな囃子が笛や太鼓がえやんやの拍手を誘います。
 あれほど酔っているのに楽器を使うとは見上げたものだ。笛の音色はお見事で、そんじょそこらの素面の者より上手です。
 みんな用意周到だなあ。
と感心していると、未だ芸を披露していないのは自分だけだと気が付きました。もし穴があれば入って隠れたい。いや厠で時間稼ぎをしようか。いくら歌が下手でも一つ唱って済むのなら、逃げ隠れは止めよう。
 自問自答の顔が佐助の目に留まりました。
「本日のとりの方、ここで足鼎で踊って頂きましょう」
と大歓声が部屋にとどろきます。
 やばいことが起きそうで伏し目がちながら、幹事の目を見てしまいました。ちょうど腰が抜け地べたに座り込むように、困り果てた面が彼の目はまったのです。
 佐助と竹馬の友で、筆記試験では私の方が一日の長があります。しかし師匠との応対ではあいつの方が数段垢抜けています。
「君はみんなともっと喋り付き合うといいよ」
と優しく誘ってくれるのも佐助です。
 私は頭でわかっていながら、反発して書籍に籠もました。
「よくできるな」
と師匠から誉められますが、いつも一言です。というのも私が愛想良い言葉を返さないので会話も弾まないのです。
 実は書籍一筋で口下手だから私一人が落第ではと恐れていました。今宵の宴だって何が催されるか知らないのは私ぐらいでしょう。佐助が幹事を司るのは自他ともに認められるところで、師匠の御推薦もあったにちがいありません。
 雑念の中、目が据わってしまいました。
「公助君、足鼎の芸をいっちょうよろしく」
 会場の割れんばかりの拍手は今でも耳に残っております。芸の一つは出さねばと思いつつ、できれば軽いもので済ませたい。しかしいくら軽くとも芸は芸で積み重ねが大切です。
 足鼎ぐらいなら誰でもできそうなものだ。
と振り向くと後の連中は立ち上がり、やんやの喝采です。それは来るべき珍芸を囃し立てるというより、私を逃すまいと壁を作っているのです。
 恐る恐る振り返ると人の壁は前進し私を競り上げています。私が尻込みしているために彼らとの距離が縮まったのかもしれません。ともかく脱出の道は閉ざされ拍手は大きくなるばかりです。
「ひとつ鼎芸を演じてさしあげましょう。みなさんも手拍子をお願いします。」
と声を張り上げてしまいました。
 魔が差したとはいえ我ながら朗々とした声で、いかにもその気になった姿を響かせております。
 拍手を重ねていた仲間たちは余りの快諾に静まり返りました。本当に演じるとは幹事の佐助でさえ思ってもみなかったし、みんなは拍手のおもしろさに手が痛くほど打ち続けていたのです。
 そこで私が手を挙げたで危うさを気遣う以上に、秀才が何か新しい境地を見いだしたのかと目を皿にしました。
 疑心暗鬼の目が槍先のように胸に迫ります。前からの退路も断たれました。
「すみません。この鼎は重くて被るのが恐ろしいのです。失言をお許しください。」
とお願いすれば、知恵と思いやりがいっぱいの仲間はきっと赦してくれたでしょう。法師は相手の罪を聴きながら赦し慰め、時にはともに涙するのが習いです。困った人の目ん玉に指を突っ込むような意地悪はしません。
 私は指名された以上、逃げ隠れするのは卑怯だとなぜか感じたのです。止めたいのは山々ですが、一旦、口にした言葉を撤回するのは恥晒しだ。正義のために難関を突破せねばという気負いが朗々たる声になったのでしょう。
 嫌な事だって努力すれば何とかなる。実はこの修業だって合点があってお寺に参じたわけではない。
「お前は秀才でものわかりが良いから、名僧から磨かれておいで。」
と叔父が父の前で諭すのですから、渋い笑顔で肯いたのでした。
 同じように鼎被りも苦しみの中に一筋の楽しみがあるだろうと立ち上がったのです。
 私が歩き出すと、拍手は板と板をぶつけるような堅い音に聞こえます。しかし佐助は私が近づくとのけ反り顔面を蒼白く変えました。もし三日月が海に出たら光の反射で蒼いと想われるあの色です。
 しかし驚きは視線の高さが同じ私たちだけで、酔客どもは騒ぎ立てるばかりです。佐助は太い足でしっかりと全身を支え、微動だにしません。
「それでは、みなさん始めましょう」
幹事は片手の距離に近づくや、間髪を入れずに呼びかけました。部屋は師匠を含め拍手と罵声でいっぱいです。まるで車輪を何十台もいっぺんに転がしたような騒ぎです。
 私は余りの喧しさに頭が空っぽになりましたが、幹事の「みなさん」という言葉が妙に気になりました。
 なぜ人が恥晒しの芸をさせらようとする時に、みなさんなどと親しげな言葉を発したのか。本当は命がけの芸を始める私の名前を紹介するべきではないのか。この疑いは事件のけりが着いた今となっても頭にこびりついています。
 みなさんというからには、幹事はみんなと謀を企んだのではないか。それも鼎を無理矢理に被せるのでは暴力だから、私がいかにも好きこのんで被るような仕掛けをつくろう。私があくまで自主的に演じるなら、飛んで火に入る夏の虫だ。
「うまく行きそうですね」という合図が、みなさんという暗号になったにちがいない。
 私は土壇場で真実を察したのだから、はっきりと断れたし一目散に逃げる手もあった。もじもじする間に、力自慢の男が前に立ちふさがりました。鼎を抱えていたのは言うまでもありません。しかも二人揃ってしかめ面をしていたのだから随分重いのでしょう。
「いや大したことはありません」
と澄まし顔を作る様が逆にかなりの重みであることを示しました。もっともこの変身ぶりは後日、気付いた事でやつらがつかつかと走り出たのは確かです。余りの速さに素手ではないのかしらと冗談を言いたくなるほどでした。
 しかし二人が鼎を畳上から再び持ち上げようとする瞬間、辺りは水を打ったような静けさです。やんやの喝采の唇が渇き震えています。私の唇以上に、みんなのもわなないて見えます。
 世にも珍しい芸が見れるという驚きとともに、本当に被るのだろうか。危険は避けねばならぬし、止めさせるのが法師たる心得ではないか。しかも芸が成功の暁には、お鉢ならぬ鼎が自分に回ってくるのではないだろうか。
 しかし勇気を持って止めに入れば
「お前が代わりにやれよ」
ときついいじめが待っているはずです。
 思いが交錯し部屋は静まり返りました。
「それじゃあ、いこうか」
 私は息苦しくて俯いたのに、肯いたものと見なされました。言いたいことは山ほどあったのです。
 重い塊が頭をどさっと襲いました。
「ちょうどよい大きさだ」
と右側の男が言いました。
 次郎とはこの寺に籠もって以来、苦楽を共にした仲です。しかしどんな修業科目においても私は次郎に負けたことはありません。すべては劣等感からの恨みではないでしょうか。
 左の男も肯き、鼎を頭上から押し込んできました。頭のてっぺんは確かに鼎より狭く、後のふくらみには丁度良い大きさだったかもしれません。
 頭は鼻や耳の部分で広がっているものの、全体は瓜のようにのっぺりしているのが普通です。一方、鼎は水を入れて沸かすために真ん中に膨らみがあり、この丸みこそ工芸家たちが美しさを競う場です。最初の接面で鼎に余裕があるから、大丈夫とみなしたのです。
 いや彼ら三人は必死で鼎を押し込もうとするばかりですが、
「止めてくれ」 
と私が悲鳴を上げるかと聞き耳を立てていたのです。
 もし私が喚き散らせば、異常時の非は自分たちが負わねばならぬ事は百も承知です。悪人はとことん算段した上で悪事に走ります。それ故相手の心を読むのが巧みで、おまけに第三者の立場から冷静に観ることに長けています。つまり自分たちに非がないようにと石橋を叩くのです。
 もっとも私自身が
「止めてくれ。どうか勘弁してください。」
と叫べば悲劇は起こらなかったし、ひいてはみんなにも迷惑を掛けなかったしょう。
 鬼ごっこでいう「もういいかい」という呼びかけに、静かな間が生まれたのです。
 宴の参加者は知恵と誇りの若者ばかりですから、私が悲鳴を上げれば止めに入ってくれたでしょう。しかし私は舞台に上がったのだから進むしかないと観念したのです。頭上に鼎が迫って「止めて」というなら、指名された時に断れば良かった。
「君はそんな風にで優柔不断だと将来は危ういぞ」と恥を浴る恐れがしたのです。
 歓声とともに鼎の押し込みが始まりました。
痛い、痛いと本当に叫びました。鼎の先端が耳や鼻を削ぎながら突き進むのです。しかし多勢に無勢でおまけに声は鼎に籠もり、「いけいけ」の歓声だらけです。
 鼻や耳はひしがれつつ強圧を何とか受け容れようと努めます。雑草が人馬に踏みつけられても寝そべて耐えるのに似ています。そこで鼎は余り抵抗なしにどんどん押し入ります。
 作業の二人は慎重の上にも慎重を期しています。練習でもしてたのでしょうか。しかし鼎の先端が耳鼻を通過すれば、後は何事もないように滑らかに進みます。
 私としても重い塊には間違いないのですが、山登りで胸突き八丁を越えたように顔面は鼎を受け容れたのです。一仕事をやり挙げた清々しささえ感じたのです。
 ここで隣りの人から鬼ごっこの調子で
「もういいかい」
と尋ねられたら
「もういいよ」
と答えたにちがいありません。
 宴の友たちも私の落ち着きぶりを察して拍手を止め、ざわめきから雑談へと移ります。
「今からどんな芸を演ずるのかしら」
「あんな鼎を被ったら重くて痛かろう。人がよいのも善し悪しだね。それとも公助君は酔っぱらって気でも狂ったのかな」
「せっかくの機会だから、秀才の公助がどんな芸を演じるか楽しみだね」
と好き勝手なお喋りがきんきんと聞こえます。
 佐助は満を持したように
「みなさん お手を拝借ください。本日のとりを飾るべく鼎踊りを始めて貰います。」
と号令をかけると、みんなは授業中のように粛然と唱い始めました。
 私は整った歌声と手拍子に合わせいつの間にか体が踊り出すのを覚えました。この祝い歌はめでたい席で歌い踊ってきたのですから、体が動きを覚えているのです。ただ頭が重いので、体を自由に動かせません。踊れば鼎が鼻や耳に当たり、痛いのなんの、よほど両手で鼎を支えようかと考えたほどです。
 しかし美しい歌声に手足が自然に踊り、きしむ痛みを忘れてしまいました。右に品を作ろうとすれば肩から頭も右に揺れる。一旦弾みがつくと今度は鼎頭を中心に体が踊り出し、見物人の賑わいを促します。
 おまけに鼎は足を逆に振り上げています。つまり三つの足が天井へ上がるとともに、私の両手もひょいひょいと踊りまくるのです。五本の手がこりゃこりゃとはしゃぐ様はおもしろいこと限りなしで、観客も小僧生活における有終の美を飾るべく力を尽くしているのです。
「あいつは鼎芸をどこで勉強したのだろう。隅に置けない奴だなあ。」
「いや我々と違い、秀才はぶっつけ本番で珠玉の芸を組み立てご披露できるんだ。」
 拍手はやや調子を落とします。
 私は一息つこうと足元を見ると、額からの汗が血になり滴って落ちています。佐助たちも慌てて駆け寄り、拍手をきつく止めました。
「大丈夫か。痛いだろう。」
 私はいけないことをした小僧のように黙って立っていました。
君たちのいたずらの度が過ぎたんだぞと怒りたいのですが、唇が腫れ上がり思うように動きません。
「とにかく鼎を引っ張り抜こう。」
とみんなは撤収作業にかかるのですが、私の頭は腫れに腫れています。もし大きさを比べる術があるなら、頭はきっと鼎より大きくなっているのでしょう。その頭がより小さな鉄塊の中に入っていることは奇蹟です。もはや鼻や耳だけの問題ではありません。顔面のほとんどは鼻先より高くなっています。
「鉄棒で鼎を叩き割ろう。鼎は火で加工しているから柔らかな部分があるはずだ。」
 問答無用と頭は叩かれ放題です。辺りは人影もまばらとなり、有志が何とか事を打開しようと懸命になっています。
 痛いと私は叫んでうずくまりました。
 これ以上叩かれると鼎より私の頭が割られてしまいそうだ。かといって他にどんな手段があるのでしょうか。私はここに残った有志をきつく責めることはできます。大声を張り上げれば気持ちを伝えることはできます。しかし要は元の体に戻して貰うことで、親友たちに汗と知恵をかいて貰わねばなりません。
 私は瀕死のまま耐えることが、針穴の可能性を探し当てることにつながる。私は痛みの極みで、心が一皮剥けるのを覚えました。
 肉を切らせて骨を断つ。
大げさな表現も本心で、当面の危機を何とか脱したいのです。この鉄鼎を剥いで貰いたい。皆さまよろしくお願いいたします。
 私は羞恥心がぽろりと落ちるのを覚えました。恥じらいは残りますが、全てではない。むしろ食事のつまみのように大業を成す際の補佐役です。私はやっと大人になれた。大人の仲間入りができた。耐え難い苦痛と恥晒しの最中に、体面への拘りを解き放ったのです。救いの手を心から祈りました。
「我々にはもう打つ手はない。医師の元に行こう。」
 佐助の提案に用心棒の二人も神妙に肯きます。目には見えないのですが、殺気の漂う修羅場においては僅かな動きが神経に触ります。
「しかしどうやってこいつを運ぶんだ。横にして担ぐわけにもいくまい。もし鼎の重みで首が折れたら一巻の終わりだ。」
「こうなれば公助君が自力で歩いて貰うのが一番だ。もし駄目ならどんな名医に診て貰っても手の施しようはあるまい。」
 友達は何とか治してやりたいと一生懸命です。たった先程まで私を道具扱いにして宴を盛り上げようと血眼になっていた根性とは雲泥の差です。罪の念から償いをしようと精一杯の努めています。いや万が一悪戯がばれたら大変な仕打ちだとひたすら汗をかき演技をしているのかもしれません。
 たとえ疑いの通りでも今、尽くしてくれているのは真実です。それにしても師匠はどこへ行ったのでしょう。
 風が鼎の中に吹き込みます。風は慰問するのように頭のてっぺんまでに訪れます。私は友の働きに身を委ねました。衣を私の頭にかけ出発の準備を重ねています。
 恥しさも度を過ぎれば恐ろしくない。
「もし自分がその立場になったら大変だ。」
と相手は同情してくれるはずだ。
 その心はありがたいのですが、本当に恥ずかしい事態では周りをきょろきょろする余裕なんかありません。恥ずかしいより痛い。痛みは頭から首、背骨、腰から足先まで全身に及び、少しでも和らげて欲しいのです。死に迫られたら一糸にも縋る思いです。一糸も纏わずとは愛を求める姿です。恋しい女性の気持ちが痛いほどわかります。本当に痛い。
 生きていきたい。命を拾わせてください。
三本の鼎足が角に飛び出したまま歩く。くすくすと笑い声が道すがら聞こえます。
「何か悪い事をしでかし、お咎めを受けていらっしゃるのね。」
「ふざけるのにも度が過ぎますよね。」
とひそひそ話も露わで、ひょうきんな晒し者に見物人が集まります。そもそも天下の大通りを白昼に奇妙な姿で歩くのですから、足を止めない方が珍しいのです。
 人の不幸ほどおもしろい。私だっておかしな連中が眼前を通るならおもしろがって後を追うでしょう。
 友達は私とのかかわりを詮索されまいと看護と道案内に集中する姿が吐く息から感じられます。
 近道こそ最善の策で、人がいようといまいと構うものか。
 医師の元にやっと着くと
「こんな惨状は私の先生からの教えにも書物にも見たことがありません。」
とあっさり言われました。
 鼎顔で突然、現れたので驚かれたのでしょう。私は助けてくださいという願いを込め背筋を伸ばしました。口が動かせないから体を張って伝えたのです。
「先生、親友を何とか助けてやってください。寺では首席で卒業し前途有望な青年法師です。」と佐助も懇願してくれました。
「鼎を何とか取り除いたら、薬の施療は考えられます。」
 冷静な診断は悲惨な真実をいや増します。
「仕方がないよ。もう帰ろうか。」
 佐助は深呼吸をしてささやきました。私は右手をそっと挙げ、わかったと合図をしました。もう首で肯く力はありません。本当に折れてしまいそうです。
 帰りも同じ大路ですが、ひそひそ話は聞こえてきません。現実には往路と同じくらいの人数がいるのでしょうが、私たちの重い急ぎ足を見て横道に避けたのでしょう。
 もし不幸をあざ笑えば周り回って自分の身に降りかかる。たとえすぐでなくとも蔑み自分自身が最もよく知っているからです。しかし忌み嫌わんばかりに病状は悪くなる一方です。
 久し振りの我が家に辿り着くと、父母や親戚、旧友たちが所狭しと集まっています。賑わいは正月かお盆の集まりに似て、私が生きている姿をまず喜んでくれました。
 立派なお客さま用の布団がお座敷に敷いてあり、すぐに寝かせて貰いました。横になると鼎の厚みが堅い枕とちょうど同じ高さです。
「まあ、ひどいことになってえらい痛かろう。もう少しで楽にして貰えるからね。」
と母の声は涙がいっぱいです。
「もう少しは気休めかもしれん。たとえ長引いても必ず打開できるから、辛抱の上に辛抱を重ねて待ちなさい。」
と父は淡々とした語ったものの、気丈な肩も叩かれれば涙が零れ落ちそうです。
 私は自分の命に未練はない。一度は捨てたと観念したはずですが、父母の情に絆されると生き続けたいという願いに揺り戻されます。生きる執念は地獄の釜蓋が開くまで燃やし続けねばと思い直します。
 隣室では喧々囂々の議論です。お酒も飲まずにこれほど盛り上がった議論は後にも先にも今宵の一回限りです。それもこれも私のためにと知恵を絞ってくださるのですから、頭が下がります。恥や外聞それに恨みなどすっかり忘れてしまいました。
 一縷の望み、それは私も仕方がないと薄々観念していたものでした。父が呟いた打開を私の顔面で敢行しようというものです。時は刻々と迫り、もはや問答無用、肉を切らして骨を断つ。いや骨を切らして鼎を断たんとする賭けです。
 親戚や友達の中から力持ちが選ばれ、私の手や足、首に腰を捕まえます。そして幹事三人が鼎を徐に引っ張り始めました。
 私は必死の決行をできるだけ滑らかに終えて貰うために、舌を噛んでも黙っていようと決心しました。
 しかし鼎の先端が鼻や耳を通る時、痛いと叫びました。私が喚いても彼らは仕事を始めた手前、やり抜こうと弾みをつけました。鼎は鼻先を押しやり耳たぶを裂きながら強進します。私は子供になって泣け叫び、気絶してしまいました。
 幾晩、眠り続けたことでしょう。気が付けば枕元には父母と佐助の三人です。夜通し起きたまま見守ってくれていたのでしょう。幸い目だけは傷を負っていません。朝の光がまぶしく、とっても嬉しいはずなのに照れくさいのです。
「おう良かった。生き帰ったぞ。」
「さあ 水をお飲み。綿に染み込ませているから吸うが良い。」
 まかり間違えば末期の水です。不謹慎な冗談を囁こうと思った途端、激痛が走りました。一度なら我慢もできますが、鈍い痛みが止めどもなく頭からこみあげます。鼻と耳に包帯を施して貰っていても、たまらない痛さです。
 私は堪えきれず手を当てようとしました。もしもげてなくなっていたら、諦めなければならない。観念は独り静かに推し量るより、外の条件とともに進めるものだ。人は安楽に生きたいのが本音で、美しく観念するなど生やさしくない。
 私が鼎へと手を挙げようとした瞬間、三人の手が私の手をそっと包んでくれました。私が痛みの果てに、きっと手を挙げるだろうと待っていてくれたのです。
 私は嬉しさと痛みで頭がいっぱいになり、谷底に落ちるように眠りました。夕暮れ時に再び目覚めると、痛みがほんのり和らいでいます。実は朝と同じ痛みなのでしょうが、予め知っている痛みなので、時間が薬になったのです。
 三人が横でごろりと寝転がっている様が、旅の宿のようでとても和やかで幸せに見えます。瀕死の重傷を凌ぎきった安堵感が顔に表れています。
 一進一退を続け、秋風が吹く頃には、痛みが落ち着きました。顔はと言えば耳や鼻が欠けているのは勿論、傷、痣にへこみとまっとうな部分はありません。その醜さといったら自分でも顔を背けたくなるほどです。しかし汲み水には、落ち着いたのどかな顔がこちらを覗いているではありませんか。青空に白い浮き雲が私の背からほほえんでいます。
 私は生きている。
 さすがに白昼の通りは気が引けます。三日月の夜遅く、懐かしいお寺に足を忍ばせてみました。みんなが和気あいあいと精進を重ねる様子がかいま見れました。
 しかし大抵は横になり養生に努めております。と同時に気分が良い日は教典を繙くのです。私は元々、本が好きだし勉強するしか能がありません。これは謙遜でも卑下でもなく、三度の飯より本がおもしろく貪り読みました。
 地獄を見たせいでしょうか、同じ作品が以前より深く豊かに味わえるのです。聖人や俊英たちが落ち込んだ私に優しく語りかけてくださいます。
 今では困り果てた方が我が家に相談しにみえます。有名なお寺を訪ねてもしっくり行かなかった方ばかりです。私は稀なる体験と書籍からの知恵を基に、悩みをほぐしてあげたい。苦悩の方もあと一度自力で歩かれるように励ましてあげたいのです。
 いくら苦悩が深い方も私の顔を見るのはためらいがみえます。できれば障子越しに「自分の悩みだけを解決して貰えば充分なのだが」とお思いになる。
 しかし私の顔とまともに向き合われる方ほど治りが早いように思われます。私は直視を強制しません。自分の世界に閉じ籠もっておられても大丈夫です。いつか春が来ます。悩みがあればそれを何かの縁と大事宝に抱えておられても結構なのです。
 地獄を見てから、鬼の顔で生きている。
 私の滑稽な悲劇は、都ではみんなの語りぐさです。それだけにおもしろいもの見たさに、わざわざ悩みをこしらえて八百長気分で訪れる方も中にはおられます。
 私は地獄からの立ち直りを亀のようにゆっくりと語り聞かせます。この亀は鼎の甲羅を身に纏っているのですね。
「あなた苦悩に比べれば私のはちっぽけだ。」
と安心して帰られる方も多いのです。
 私は独りになったつれづれに
「なぜ鼎を自ら被ろうとしたのか」
という前段の流れを見つめ直しております。 
 しかしかわゆい女房がお茶を運んで
「過去を深刻に考え過ぎるのは体に毒ですわ。」
と助言をしてくれます。佐助が紹介してくれて契りを結びました。穴に落ちたらもう掘るなとも言います。せっかくの良縁と今の幸せを大事にしたいと話しております。


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