トランペット


高校2年生が、東日本大震災の一ケ月後の4月11日に、浜辺でトランペットを独り吹く。
両親とおじちゃん、おばあちゃんを震災でなくし、一人残された。自分だけ生きるのは、幸運である。しかし家族はみんないない。
 トランペットは、高校の吹奏楽でみんなと練習していたものだろう。ザードの「負けないで」を一生懸命に、津波が襲った時刻に合わせて吹き続ける。海に向かい、それから陸の住んでいた家、街に向かい、心を込めて吹く。鎮魂歌であり、自らの励ましでもある。
 誰か聴いているのか。みんな聴いている。
 誰も聞いていないのを見計らい、浜で吹く。家族に聴いてもらうために、なくなった多くのみんなに聴いてもらうためにあらん限りの力を込めて吹く。
 新聞の載った写真一枚、読者はみんなが聴いている。「負けないで」と聞いている。

 多くのことがあり、簡単にメッセージを書けないで、一ヶ月が過ぎた。地震だけなら、せめて津波までなら、あとはみんなで力を合わせて、一歩、一歩と復興に向け、歩んでいける。
 しかし原発は収まるどころか、放射能を海や空へと撒き散らす。魚や野菜も放射能を浴びて苦しかろう。余震が追い討ちをかける。強靭な者でも、精神的かつ肉体的に参ってしまう。
 だからよその者は、義援金や物品を出して、応援するのが精一杯だ。時間と体力に余裕があり、技術を持った者は、勇気を持ってボランティアに行く。
 
私は被災者たちの苦痛を感じながら、もやもやした気持ちでいた。愉快に遊ぶこともできず、義援金だってチョピリだ。ささやかな幸せを味わうのも、悪いような気がして塞いでいた。
でも今日からは、メッセージを書こうと思う。きれいには書けないが、内容で少しでも支えになるものがあれば、どんどん書いてゆこうと思う。
今、書かずに、いつ書くのか。 

 誰とは言わないが、多くの人が思っている。
「経済は発展しなければいけないが、危険はいやだ。人類は知恵を超えた世界へ踏み込んでしまった。原発を簡単に処理、収束させることはできない。放射能はでるだけ出さなければ終わらない。我々の生きている世代では、エンドレスで放射能を出し続けることになる。
 ただし福島を教訓に、自然エネルギーに転化できるならば、大きな禍をもとに小さな幸せを得られるかもしれない。またそうしなければいけない。」
と考えつつ、日々の深刻なニュースに耳を傾けている。

遊び
楽しい計画が、一つあればその日は生き生きとなる。何もなければ、心が右往左往して、仕事にも勉強にも身が入らない。一日がそうなら、一ケ月や一年も広い意味において同様であり、大きな仕事や挑戦を達成しにくいものとする。
よく学び、よく遊べ。
両者一輪となって、車を進める。萎縮し始めると、仕事も遊びもチマチマしたものとなり、魅力に乏しい。英雄、色を好むとは、大いなる業績は、遊びを伴い、また大好きな遊びなくしては偉大な事は、成し遂げられないことを意味する。そもそも色を好むのは、遊び以上に本能、欲望、趣味であり、生きていくための骨格をなす。
 仕事を遊びとみなす方が、よくできる人にはありがちなことではある。大義名分があり、まっしぐらに大義に向かって打ち込んでいく。傍からは、遊び心や欲望の塊とは、とっても見えず、大義そのものではあるが、内に秘めたるものが、赤々と燃えたぎっているのである。遊びがわかるからこそ、遊んでいるからこそ、大義も正義も樹立できる。微妙な境界線は、本人が最も悩み、考えているところである。もともと境界線は、常識のラインであり、本質まで極めて考える人は稀である。境界線の向こうまで、進み出てこそ、両陣営の価値や戦力がわかるし、境界線の意味が身に沁みる。境界線は極限、リスクがいっぱいで、踏み込むのは勇気が要る。そこを遊びの精神旺盛に、覗き、踏み出し、越えていく。遊びと言う名の、チャレンジであり、前衛であり、世界制覇への道である。
 わずかな一歩。それは後から批評家や歴史家が、述べるコメントである。今、ここからの一歩は、誰も踏み出したことのない未知の世界。可能性と危険に満ち溢れた未来への道である。まじめだけではとても踏み出せない。まじめでなければ進めない。
遊び心を伴って、口笛吹いて進んでみよう。未知こそおもしろく、英雄や淑女が誕生する大地である。

ある夫婦
 夫婦は長年、付き添えば、考え方が似てきて、歩き方や喋り方まで瓜二つと評されるぐらいに似てくる。新婚時代は、まるで水と油とは言わないまでも、陰と陽ぐらいに性格や行動が、かけ離れていたのに、長年の営みにより似通う夫婦がいる。その前に仲たがいが起これば、こんなことは不可能であり、二人の生活にも「継続は力なり」という金言が生きている。
 F夫妻は、ご主人が短気でテキパキしていた。スピードを要する職業に長く、充実していたためで、テキパキしなければ勤められないというギリギリの選択肢と努力の賜物であった。奥様はご主人のスピードとは裏腹におっとりしていた。新婚時代がそう見えたし、そのまま五十年も仲の良い幸せな時を過ごした。
 ご主人は目を患い、白内障の手術を勧められた。しかし熟慮に熟慮を重ね、手術をしないまま、苦労とともに晩年を過ごした。目が良く見えないならば、新聞や本よりラジオを好み、テレビも音を中心にラジオ代わりに利用した。友人たちからは「思慮深く、辛抱強い」と誉められもした。

 奥様はその辺りの事情や心の内を理解し、取り立てて話題にすることはなかった。本当は一番、話したいことだし、気がかりなことであった。命の根幹に関わることで、涙なしには語れないテーマである。
 奥様は何事もないかのように、生活をともにし、テレビも一緒に観た。
 友人が奥様を展覧会に誘う。同級生で長年、仲良く付き合い、苦楽を語り合い、互いの内緒話に収めてきた。秘密を守るのは、友人の証だし、大変な事柄以外はすぐに忘れてくれる。だからキャッチボールをするように、5球前の球筋など覚える必要もない。友はどんな球でも取ってくれるという信頼がある。
 しかし友人は、展覧会でのF夫人の素早い行動に驚いた。おっとり構えるF夫人は、きっとゆっくり絵を観るだろうと予想していた。土曜の昼下がりでお客さまが混んでいた。じっくり観れば、「葛飾北斎展」は、二時間はかかりそうである。
 F夫人は、富岳三十六景を代表とする大事な絵はじっくり眺める。それ以外の絵は、観覧者の背中越しにチラリチラリと、まるでテレビの映像を観ながら進んでいく。ここ一番はじっくりと心ゆくまで観る。真正面から真髄を捉えんばかりにじっくり眺める。それは、ご主人の性格と行動そのものであった。目の不自由なご主人の分まで見てあげようと、鑑賞の歩き方までそっくりである。
 「ああ、面白かった。」とソファで、友人で待っていた。友人はゆっくりと、やや疲れながら二時間弱の鑑賞を楽しんだ。待っているF婦人の顔は、同窓時代のゆっくりと穏やかであった。F夫人は夫と瓜二つのスピーディさとともに貴族のような穏やかさの両面を所有している。
 家に帰れば、二人の会話が始まる。夫人はおっとりした口調で今日の印象を語り、ご主人は往年の新聞記者気質で、印象から具体性への想像力を逞しくして喋りを滑らかにする。想像力のスピードが全開だ。本当は二人で観にゆきたかった。絵画だって、百聞は一見に如かずである。絵画こそと言うべきか。
 「そうなのよ。美しさと構図が頭の中でよくおわかりですね。」
と誉め言葉が自然に出る。
 それは御留守番したお礼だし、目の不自由な夫への労わりでもある。
「本物の絵を観て良かったね。」
本音に優しさを添えて、夜の会話が続く。

過剰
 囲碁棋士Oは、バランスの取れた碁を打つ。勝とう、勝とうとばかり思わずに、相手のことも考える。プロ棋士ならば、誰でも考えるのだが、Oは特に相手のことを5対5ぐらいの比率で思いやる。頭の中で、盤面をくるりと回し、相手の側にたって、局面を眺め、これからの戦略、戦術を組み立てる。ともすれば自分の都合の良い方向で考えがちだが、相手がいかに勝てるか、相手の良い手は何かと真剣に考える。しかも「その良い手をいかに阻止しようか」とネガティブに思考するのではなく、その手が実現した局面で、自分はどのような好手を打てるかをひねり出そうと試みる。時間と根気と労力がかかるやり方で、「敵を知り、己を知らば、百戦も危うからず」と説く孫子の兵法にも適っている。
 ただ度が過ぎると、相手の陣営ばかりに眼が行って、肝心の自分の方がお留守になる。「敵を知る」ばかりで、後手を引き、遅れてしまう。あくまでも自分が中心、好きなように打ち進めるのが基本で、客観的分析は付帯行為である。
 Oは、自他への考慮バランスを反省し、一つ上の段階を目指す。一皮剥け、本当の名人になるための険しくも楽しい道が待っている。

 自己暗示
将棋棋士Pは、名人や王将のタイトルを長く続けていたが、五十の坂を越える頃、負けが込みだした。肝心の終盤で、ミスが出るし、競り合いに弱くなったのを誰よりも知っている。秋風が肌身に沁みる。
「体力も気力も下るのみか」
 タイトル戦への登場も遠のいた。
「何か一つでも、NO1になってやろう。」
 そして最も気がかりな体力・スピードの面でと考えた末、歩くこと、それも交差点で大勢が一緒に渡る際、一番乗りをしようと決めた。歩みのスピードを上げるには、筋肉、姿勢の正しさなど諸々を鍛える必要を改めて感じた。単に速いだけでは一番にはなれない。向こうから歩いて来る人とぶつかってはいけないし、よけるためにエネルギーと神経を使い過ぎては、後塵を拝することになる。
 たった25メートル程度の距離でも一番になるのは容易ではない。困難さがわかっただけでも進歩である。鍛え、工夫し、歩いた。電車やバスの時刻に合わせようと、本当に急ぐライバルは、走る。その時は競争を止める。
 Pは歩くことで一番になりたい。棋院までの交差点で、ほぼ毎日、目標を達成した頃、タイトル戦の挑戦者になった。体力だけでなく、気力、そして肝心の棋力が
回復し、ささやかな領域では向上したと思う。
 タイトル戦の本番は、久しぶりだけに緊張した。懐かしさとともに新鮮なチャレンジ精神が湧きあがるのを感じた。それは風、交差点を突っ走る風である。
 勝ちたい。と同時に全力を出せば負けても良い。集中力が蘇って将棋を指し進める時、タイトルは手の中にある。

見方
見方を変えると、幸せや喜びがやってくる。
働いてやっている。働かせてもらっている。
天と地の違いである。なかなか、そうは考えられない。そこを働かせてもらっているという考えに転換すると、楽になり、即ち楽しくなる。
 「犬はしっぽを振る。だからしっぽは、犬を振れない。」
という小林秀雄の深刻な警句だって、考え方の転換のもとになる。
 諦めではなく、悟りである。紙一重ではあるが。

 それでも 
 後ろ姿の しぐれて行くか
という山頭火の句を、しみじみ思い出す。



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