通勤バス


 二百二十五ページの重みが手にずっしりと来る。パソコンのマニュアルは、以前から読まねばと思っていた。しかしわからない所ができれば、詳しい担当者に習って来た。パソコンは仕事に必修だが、所詮、道具であり、使い方は専門家に習えば良いと考える。
 パソコンの中でもワードは文章作成上、長年やって来たが、エクセルはこの二年ぐらいの必須で、自己流による手探りの状態だ。
 夏の昼下がり、まず電話で専門部署に尋ねた。担当者は緊急の用件でバタバタしていたのだろう。
「マニュアルに載っている事ぐらいは、自分で勉強してください。」とはっきり断ってきた。
 私は二の矢が継げずに
「わかりました。」と少し間を置いて、私の子供ぐらいの担当者に答えた。
 脇から汗が流れる。冷や汗だ。

 翌晩からあちこちの本屋を覗いて、パソコンのマニュアルを探した。中級編はとても難しくて手が出ず、基礎編になるとやたらに分厚く高価である。若い担当者の言わんとする事は正しいが、突っぱねられると、眼前のパソコンが遠のいて見える。
 秋晴れの日曜日は、町内の廃品回収日だ。私は家の雑誌類を公園前の所定場所へ運んだ。ビニール紐が手に食い込む。やれやれと置いた瞬間、すぐ隣りに書籍の束を発見した。パソコンのマニュアル本はその中にあった。
 私はソッと取り出し、脇に挟んだ。盗むわけではないが、罪を感じる。しかし本は廃品として処分され、せいぜい再生紙に変わるぐらいだ。大事な情報は空となる。それに私が運び込んだ雑誌類の総和は、この本より大きい。町内費への貢献は私の方が大きいと、自分に言い聞かせた。
 昼食の後、さっそくマニュアルを開いた。ワクワクした興奮はつかの間で、すぐに仕事、職場の人たち、とりわけ気の合わない奴のことを思い出した。折角、待ちに待った日曜日なのに憂鬱な気分に囚われた。
 そもそも私はパソコンが、そして仕事が好きでないのかしらとまで考え始める。パソコンの蓋をバタンと閉じ、野山へ散策に出た。
 本は通勤の朝、読んでいる。帰りだと目が疲れるし、同じ本を読んでいてもイマジネーションが湧いて来ない。朝は溌剌としてやる気に満ちる。この貴重な時間に、小説やエッセー、詩集を開くとおもしろい。小説は一見、仕事に関係がないようで、視野を広げることで仕事に貢献していると思う。十五分の短い時間も、日々積み上げれば結構な量となる。
 本当はこの時間に入れたくなかった。しかし喫茶店で読むとか、毎週水曜日と決めて夜、自宅で読むとか色々試みたが、朝の通勤バスしかない。元々、読書は朝の十五分間に限られている。私は意を決して、パソコンマニュアルを黄金時間に当てた。カバンは重く、乗車する前から緊張し、肩が強張るのを感じた。
 しかし一日に四ページと決めて読むとおもしろい。喉が渇いて水をゴクゴク飲むように進む。味がわかれば、ウィスキーのストレートでもスイスイ飲めそうな気がする。
 例えば「同じ計算符号でも、絶対数値と相対数値がある」等、基礎をちっとも知らなかったことが恥ずかしい。と同時に基礎から計算や方程式を学ぶのは、高校二年生の数学や物理の授業以来だ。
 私は当時、理科系志望で、自慢ではないが、微分方程式まで解いていた。ところが隣りのクラスの女生徒が、文科系志望と聞いて、磁石で引っ張られるように文転し、先生と父母を驚かせた。片思いの恋は盲目で、ちっとも論理的な選択ではない。親しい付き合いもせぬまま、別れ別れで、風の噂ではドストエフスキー研究の大家になっているそうだ。
 マニュアルは、理科系の頭脳と受験勉強のひたむきさを呼び起こした。しかしマニュアルは頭に入れた上、その通りに操作できて値打ちがある。私は説明文を丹念に読み、目を瞑ってもう一度、復習してみる。気が付けば、決められた就業時刻の一時間前から働いていることになる。
 修業の二週間が過ぎ、さすがに疲れを感じる。要はほんの僅かな操作の壁に当たり、マニュアルを読み始めたまでだ。若い担当者に頭を下げて習えば、仕事は何とか進められるし、これまでもずっとその調子で働いて来たではないか。事務員が虱潰しのように何もかも覚える必要があるのか。そもそもマニュアルとは、主要な項目を知っていて、必要な時に必要な箇所を調べる辞書程度の理解で良いのではないか。
 心の葛藤は強まり、西行や李白の詩を無性に読みたい。しかし受験時代の鉄則に習い、「マニュアルの完読までは文学書は控える」と自分で決めている。もう半分以上、読み進めた。胸突き八丁、あと一息だ。
 私は読むこと自体より、葛藤の克服にエネルギーを使う。そして顔を上げると、朝の光が眩しい。座席右の窓から、陽光がさんさんと降り注いでいる。首を左に傾けてみると、もっと強い輝きがある。
 首からのアクセサリーが、朝陽でキラキラ光っている。ずっと前から光っていたのだろうか。きっとバスが北進し、東側の公園を走る辺りから、輝き始めた。公園は以前、鉄筋コンクリート造りの高層ビルで、敷地が手狭になり移転してしまった。のっぺらぼうの公園には太陽がいっぱいだ! 光にあふれている。
 私はアクセサリーに見とれていては悪い気がして、視線を下に落とすと、手に握られた本があった。カバーなしで、「経営マニュアル」と書かれている。私はマニュアルという文字が嬉しかった。まるで異国の旅に出て、にぎやかな都会の真ん中で旧友にバッタリ会ったみたいな嬉しさだ。自分が読書していることを忘れ、本中央の「マニュアル」をしげしげと見詰めた。そして顔をもたげた。
 どんな方が読んでいるのかしら。
 まだ眠いはずの通勤バスで、堅苦しいマニュアルを読む。
 目元が涼しい。もう少しきつめならツンとするぎりぎりの手前で、知的でさわやかだ。顔は丸く、ぽっちゃりして、いわゆる可愛い女の子だ。本の厳格な内容ゆえに頭をフル回転し、知性が鋭く光る。二十歳前後の女性は、私の視線に気付いたものの、敢えて本に心を集中している。
 私はこれ以上、見続けるのは失礼になると、マニュアルに視線を戻そうとした時、さわやかな瞳を思い出した。直観をもとに想像して来たが、思い出を確かめるまでの時間が楽しかった。私の長くも短い半生で出逢った女性たちを、それこそパソコンで検索するように思い出し振り返った。
 やっぱり高校生の彼女が素敵だ。コーラス部員でみんなと歌いながら、勉強では真剣そのものであった。隣りの教室の窓辺から、いじらしいほど真剣な表情で校庭を眺めていた。きっと数学や物理の問題を解いていたのであろう。理科系の難しさが負担というより性に合わない。だから文科系を選び、複雑怪奇なドストエフスキーの読書、研究に潜り込む。だけどわからないことをわかろうとする真剣さこそ、いとけなき女生徒の輝きである。 
 私は鋭くもさわやかな目に引かれ、誘われるように人生の方向性を変えた。もし彼女に会わなかったならば、私は今頃、バリバリのエンジニアだろう。いやパスカルの真似をして考えるなら、そもそも父と母が出逢わなかったら、私という人間はいない。人生は偶然の積み重ねで、ときめきの偶然こそ必然を生み出している。
 片思いの彼女に似た女性が、側に居るだけで嬉しかった。この偶然の出会いが、マニュアル勉強の賜物であると考えると不思議な縁を感じる。四十年前が一気に蘇る。目を瞑ると、セーラー服の高校生の手には数学の問題集で、私の指先には届かなかったラブレター。
「まもなくバスは、A停留所に着きます。」
 運転士の元気な案内に、目を見開く。
 僅か十五分間の、心の旅だ。今日は想像するばかりで、肝心の勉強は半分だったけ。でも後悔より新たな巡り合いが活力となる。
 明日もこのバスに乗ろう。同じ座席でマニュアルを広げていると、同じ勉学生に会える。五分早いバスでは駄目だ。まして五分遅いバスではいけない。マニュアルを丹念に読みながら、待っていたい。

 齢の証し
 六十歳を超えると映画料金が安くなる。シニア料金として、封切映画が千八百円のところを、千円で観れる。嬉しい特権もいざ使うとなれば、気が引ける。客観的にはわかっていても、シニアと呼ばれることに抵抗があるからだ。もう一年も前から、そのありがたいサービスはプレゼントされていながら、使わずじまいで来た。
 その間、高校時代のクラ討のことを思い出していた。クラ討は、クラス全体討議の略で、月に一回、一時間たっぷり行い、議題は学級委員長が自由で決めて良かった。
 議題の一つに「疲れた通学時でも、お年寄りに席をゆずらなければいけないか。」というのがあった。団塊世代の私たちは、いつでも競争競争で、「受験勉強は三当四落だぞ」と発破をかけられた。三時間の睡眠なら合格で、四時間以上は不合格となれば、勢い寝不足になる。
 従って朝の電車、バスでは少しでも眠りたい。それでも眼前の老人に席を譲らねばいけないのか。そもそもラッシュ時に乗って来られる老人は元気が良いはずだ等等、喧々諤々で議論した。担任教師はオブザ−バーとして白い鬢の側で鋭い眼を光らせながら聴いていた。シルバーシートは、青年の対極にあり、峠の遥か向こうに思えた。

 私は六十歳からも再雇用していただき、まだその優先シートに座る気持はない。しかしシルバーと聞けば、いくら娯楽の映画とは言え、「ちょっと待って」と言いたくなる。齢という客観条件と、若くありたいと思う主観がぶつかり合う。

 初秋の晴れた日、ついに映画館に赴いた。「瞳の中の記憶」は八月からずっと上映されていた映画で、いよいよ幕を閉じるからだ。
 私は受付で千円札を二枚取り出し、切符を買おうとした。
 係りの若い女性は、うなずきながら
「何か証明書は、お持ちでしょうか。」
と尋ねて来た。
「何の証明ですか。」
と私は正確に聞き返そうかとも思った。
 私が持っているのは、自動車免許証ぐらいである。できるだけ慌てずに取り出し、そっと見せた。
「料金は千円になっております。」
と軽い笑顔でチケットを手渡してくれた。
 私はありがとうと軽く会釈して、映画の会場にそそくさとと入った。
「お客様は六十歳を超えていらっしゃいますか。」
と若い女性の係員は年齢を聞きたかったのだ。
 微妙な境界線を「何か証明書を」と間接的に尋ねた。
 この気配りが飛び上がるほど嬉しかった。
 躊躇していた扉が、ぱあっと開き
「さあ、どうぞ」と光が差した。

 アルゼンチンから贈られた「瞳の中の記憶」は、聞きしに勝る名画であった。定年の男性が、片思いの女性にめぐり合い幸せを得るという滋味溢れたストーリーだ。男性は上司に当たる美貌の女性に恋をする。命令をひたすら忠実に守り、誠実に仕事をこなすが、思いを伝えられずに、二十五年の月日が流れる。退職を機に、小説を書き始めるが、どうしても中心は、彼女への思いに注がれる。彼女はエリートで、高嶺の花のまだ上の高嶺という感じが、いつまでもつきまとう。
 彼女はバリバリ仕事ができ昇進するとともに、幸せな結婚をし、二児に恵まれる。しかし彼女こそ主人公の男性が好きであった。彼女こそ主人公に片思いをしていた。そして再会を機に、心の交流がゆっくりと、しかし着実に営まれる。しっかりと語り合おうとする大事な場面で、ドアが閉じられ、そのままの停止画面で映画は静かに終わる。
 いかにも年配者が好みそうな内容で、
「年齢の証明書を」
と受付嬢が尋ねるべき映画である。
 しかし決してメロドラマに流れず、「希望はいつか叶えられる」という人生讃歌が底流にある。
 私は映画の感動とともに、受付嬢の優しく思い遣りのある言葉が、心に残った。
 自分から「シニアです」と切り出すことはまだまだだが、少なくともとシニアと呼ばれても、堂々としていられる。これからは映画館でも真っ先に自動車免許証を出そう。彼女こそ新しい世界への誘い人である。
 私も彼女のようにさりげなくスマートな言葉を、周りの悩める人たちに語り掛けられたら良いなとコスモスの道を歩きながら考えた。


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