エッセー2

宮川俊朗


世渡りは上手ではないが、将棋や囲碁が好きなこともあり、作戦とか戦略を考えるのが好きである。メモや断片程度ではあるが、思うところを書いてみました。

富岳三十六景
 葛飾北斎の「富岳三十六景」を見る。神奈川沖の富士が圧巻である。大波に漁師の舟が帆先を上げて、際どいほどの傾きを見せる。人は舟の激しい動きに従い、ただ働きながら乗っているばかりである。
 大波の向こうに、三角形の富士がくっきり見える。北斎はこんな光景など見たことはなかろう。富士はよく見る。飽きるほど見て、ちっとも飽きず新鮮である。嵐の海も、元気に働く漁師さんも沖に見ている。
 全部を、があーんと合わせて「神奈川沖の富士」ができる。めまいがするほどの動きで、実は北斎が夢見ている「憧れの風景」である。構図が決まれば、さもありなんとするほどの色使いである。現実の色を付加し、美しくも驚きのデフォルメが完成する。
 床の間に飾ってとても落ち着きのある趣がまた素晴らしい。

 秘めたる戦略
 本当の戦略、裏側の戦略は、秘めておくものだ。いざという危急の時、やおら取り出し展開するものだ。
 現状とのつなぎ、あるいは説得が重要になる。そのためには、それとなく匂わし準備させておくのも大事である。当たらずとも遠からずで、想定してもらっているだけで、いざという時によい方向に働く。

  秘すれば華。戦略も「花伝書」と同じである。

 強み
 自分の強いところ、強みで戦え。
 そうでない所、分の悪いところでは、できるだけ辛抱して持久戦に持ち込もう。挑発に乗ってむやみに戦えば、大敗を喫し何もかもなくしてしまう恐れがある。

 映画「ヴェニスの商人」
 シェークスピアの「ヴェニスの商人」を映画で観る。なかなかヴェニスでは映画化できなかった。アル・パッティーノが、イタリア出身でしかも高年齢に差し掛かっているというので、映画化が許されたのだそうだ。
 ヴェニスは訪ねて来て見て欲しい。
 ローマ帝国からの伝統と誇りから、そういうメッセージが届く。
 その強圧にもめげず、里帰りの嬉しさから、パッティーノは熱演した。劇場の迫力で、真に迫った演技を画面に見せてくれる。だからロケを許してくれたのだと逆算もできる。あの演技力があれば、何通りの姿を見せることもできた。実際フィルムからカットされた部分でも、凄い演技がたくさんあっただろう。
 それ以上に凄いのが、シェークスピアの脚本であり台詞である。イギリスの管理職はシェークスピアを読破することが必修と言われている。そこには人生があり、多方面に飛躍しまた逆に凝縮した人生がある。これからの自分の人生行路が、道標としてシェークスピア劇の中にある。読み取る力量が求められる。当然に力量に応じて、どのようにもおもしろく読めるし、味わえる。
 映画はシェークスピアに迫る。近代稀に見る力作で、世評を待たずとも成功作である。しかしまだ偉大な劇作家の膝元である。あるいは全人生の一部を表現したに過ぎない。ちょうど高い山をどんなに登ろうと、精々頂きに足元が束の間に触れるだけで、山は頑として山でそびえる。だったらそれを踏破しようと試みた人間も、小さいなりに頑として人である。
 不可解さ以上に、不思議な魅力がわかっただけでもおもしろい。
 映画館の扉を開ければ、東へ西へとせわしげに動く巷が広がっている。

 暴力の源
 ブランド好きの先輩は、年齢を重ねるとさすがに喪失感は広がり過ぎると、反転していつしか暴力になる。沈んだ感情が行き所なく、出口を求めてさまよい、わかりやすい相手に対しありったけの力を振るうことになる。
 例えば子供や女性に対する暴力はその典型であり、「羅生門」や「異邦人」も煎じ詰めればこの暴力行為の発露とも考えられる。

 美人の好み
 美人は美以外のことを誇りに思いたがる。
 そして「きれいですね。」とほめられた時は、「そんなことはありませんわ。」と取り敢えず答えて、美顔がよく映えるように微笑む。

 危機管理への意識
 危機管理をやり過ぎて暗くなる。「あれは大丈夫か。これは大丈夫か」と神経質な心配性になり、周りから煙たがられるどころか、寄り付きにくいぐらいの暗さを醸し出す。本人自体が危機を背負っているようで、ついには危機を招き寄せているのではないかという雰囲気さえ漂わせる。
 危機を怖がるならば、勝利の美酒や喜びもバランスを取って対照的に考えるのが、望ましい。なぜなら危機を迎え待つために、人生を生きているわけではないからである。

 過剰への戒め
 ニーチェの言葉。「地獄を覗き続けると、地獄がこちらを覗き始める」
考える人の習性であり、気をつけなければならないキーポイントである。

 審査は自己表現の一つ
 A賞審査員の言葉。ご本人たちが、大事にしていることであり、信念であり、創作の中核としているものだけに、審査の基準においている玉条。
 I氏 文学の根底は、貧困、逆境、戦争。生々しさから這い上がっていくのが新しい文学である。
 KT氏 新しい括りがいる。「沖で待つ」は勤労青年、男女雇用均等法に裏づけられた層の括りを、斬新な手法で描いている。
 NT氏 Oヘンリーやモーパッサンの短編に見られるような、大どんでん返しも見てみたい。またあざとさが見え見えも、才能の一つとして評価されるのではないか。

 戦略のこつ
 敵を知り己を知らば、百戦戦うも危うからず孫子の兵法である。この言葉は耳ざわりが良く、簡単そうだが、一筋縄ではいかない。
 そもそも敵とは何か。敵はどこにいるのか。
 自分の敵なのか。自分たちの敵なのか。
 「今日の友は明日の敵」というしみじみとした骨身にしみる言葉もある。
 敵味方に分かれたとして、征服すれば敵は味方に含まれる。また味方ばかりの世界にいても、優劣がつけばライバル以上に、熾烈を極める敵味方に分かれる。
 当然に裏切りもあるし、自分の方から裏切りを企てることもある。

 敵らしきもの、明確に敵と呼んでいるものも、味方に変わる。 要は臨機応変に敵・味方を峻別できるかだ。当然に相手も同じようなことをもっと露骨かつ、平然の振りをしてたんたんと考え準備を進めている。

  あるお酒飲み
 よく酒を飲まれる方がいる。飲めば酔うし、酔えば楽しい。いろんなエピソードや出来事が宴の場で仕入れられるし、そのネタを次に披露すれば、場は更に盛り上がる。シグマ・ベストで、楽しいこと、嬉しいことの集積所、進行し膨れ続ける塊(雪ダルマみたいなもの)であり、酒の場へのお呼びは、ひっきりなしだ。
 よく見れば、お世話が行き届き、偉くなってからも上の方へはもちろん、下々まで心を読みこまやかなお世話をする。しかも酔いつつできるのだから、受ける方も嬉しくありがたい。毎日が花金、花の金曜日である。
 ところで昼に大事な会議があり、ポイントは二点あった。普通の参加者は難しい顔でメモを取らねばならぬ感じであった。要はなぜ二ポイントなのかが、つかめぬから、それを忘れまいとしてメモを取る。受身であり追い込まれた状態に近い。メモは備忘録であり、代わりに覚えておいてもらう秘書でもある。
 その方は特に手帳を広げるでもなく、普通に会議に出席しておられた。むしろ大半が記録なしで、ポイントの2点を語られた。  私自身の必死さと、均衡して余りある記憶力と発言力であった。その見事さを、酒量がいや増した。

 強みはよく使う。従ってその強みを使い過ぎ、限界に達し、疲れが出た時、一気に弱みに変わる。もう次の一手を持ち合わせていない状態になっているからである。

 夜のタクシーにて
 遅くなり、雨も降りかけていたので、タクシーに乗る。
 しばらく走ったところで、運転手さんに「近頃、お客さんはどうですか」と尋ねると
「あんまり多くはないですね。ただ運転手の中には、収入の多い人と少ない人がいますね。多い人はいつも多いし、少ない人はいつも少ないですよ。」
「どうしてそんなに差がつくのですか」ともう一度尋ねると
「多い人は繁華街に入っていきますからね。自分たちは街で待っているから少ないんですよ。そりゃ繁華街に入れば、お客の多いことは良く知っていますが、車も多いし、道幅も狭いのですよ。」
要は、努力、意欲の問題であるらしいので、私は黙っていた。
 すると満を持したように
「収入の多い運転手の運転記録を見れば、その答えはわかるでしょうが、会社は絶対に見せません。また本人に尋ねても、喋りませんね。企業秘密だし、本人の収入にかかわることですからね。」
 競争は激しく、ひりひりの切磋琢磨の中、きちんと最低限の基本ルールは守られている。
 ひょっとしたら、この運転手さんも、高収入の部類の方ではないかと、思いながら、じっとタクシーに乗っていた。


 ある教育者の述懐
 その方は近頃、講演会に引っ張りだこである。専門以外の領域でも「何か話しを」と依頼が来る。いろいろな職場を経験し、どちらかと言えば、たらい回しの感がないでもなかったが、どっこい奮起された。
 それぞれの職場で真剣に取り組まれるとともに、家に帰れば深夜まで仕事のまとめを書き続けられた。今で言うノウハウの集積であり、それが積もり積もってマニュアルになった。書かれた当時は、まさかそれらのメモをもとに、みんなの前で話をするなどとは、思いもつかなかったであろう。
 そこの職場で生かし、よりよくするために、メモを取り、深め、膨らまし体系化し続けた。
「自分が感じたこと、格好よく言えば、感動したことをこつこつ書き溜めただけですよ。」
 秘訣を聞けば、はにかみながら話される。
 各職場での経験は、深いところでつながり、哲理にまで迫る。それが具体的なやりかたまで姿を見せ、言葉になる時、そのまま自然に講演会になるのだろう。思い出は力になる。昨日、今日が明日をつくる。ひょっとしたら、時間さえ超えて、話が弾み、踊るにちがいない。

 近くに良いところ
 葉が一番隠れやすいところは、森の中なんだ。岩波少年少女文庫に収めてある名作の一節にあるという。
 スパイは機密部門に潜み、クーデターは直近から起こる。
イタリアのマキュアベリの定説である。マキュアベリが忠誠心の高い政治家であったか、ごりごりのエゴイストであったか、議論の分かれるところである。恐らくはいずれでもあったにちがいない。




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