箱の中

宮川俊朗

 ないからある。あるけど無い。対句としては歯切れが良くておもしろい。もう少し条件を加おうこうするならば、今はない、遠くに行ってしまったけれど、思い起こせば心の内にある。現実に付き合い、接していた時には体や物として在った。逆に心の中では、関心も薄かった。何しろ見て触れて扱うことができた。ところが視界から遠ざかると、心で追い掛けても彼方だし、今の在りようを推し量ろうとすれば、濃厚になった思い出とともに、ああでもない、こうでもないと七転八倒する。
 何しろ現実の答えがわからないから、想像はいつまでも続く。相手が幸せなら嬉しくもあり、自分なしでのハッピーはどこか寂しい。かといって不幸せなら気の毒であり、また自分の出番があるのではと千載一遇の好機を窺う。
そうこうする内に心が見えて来る。即ちあるのだ。
 あるけれど無いは、これらの心模様からの移ろいであり、はかなさの暗示でもある。即ちあるけれど無くなるであろうし、今あるものは今でしかない。いや今という時は、今だけのものだ。
「最後に土くれがぱらぱらとばらまかれ、人生も幕が降りる」
というパスカルの箴言にまで考えが行ってしまうと、ただ今の時々刻々まで追い掛けたくなるほどの焦燥感にかられる。
 なくなるけれどもある。なくなっても、なお在る。
 言葉の戯れはおもしろい。人生観とか思想は煎じ詰めれば、文章の形、スタイル、即ち文体に行き着くのかもしれない。そして思索の道程はノートに綴りたくなり、改めて自分は普通の人間であることを確かめる。
 また古今東西の方々の軌跡を美しく整えたものが、辞書でると考えれば、遠い旅路に赴くのと同じ高品質さが、ぱらぱらとめくる辞書に見いだすことができる。
 直方体の不思議な箱。その中にすべてが有り、感じなければ何もない。

 大事な箱は無闇に開けてはいけない。箱にはその人が大切にし、他人には見せたくないものが沢山入っているからだ。それはよそ様の箱だけでなく、あなた自身のだって同じだ。他人には言うに言われず、ぐじぐじと考えていては夜も眠れない代物を、取り敢えず入れておくものが箱の役割だ。
 「箱に思いを」では綺麗過ぎる。執念と言ってもまだ足りない。例えば「この儘じゃあ浮かばれまい」と呟く不満の塊だ。ちょうど浮き袋を海中に力ずくで沈めようとして、浮き袋が海面に何とか顔を出そうとするのを、もう一度袋を海中へと両手で押さえつけるあの遮二無二な感じがある。
 しかし箱の方には押しくら饅頭のような圧迫感や軋みは感じられない。その思いを無理矢理に押し込んでから、かなりの時間が経ったからだというわけだ。猛烈な台風も過ぎれば青空が訪れるのだから、個人の思いなど高が知れている。こう理屈でわかっていても、もし箱を開けてしまえば、詩人ランボウのように、眠れぬ夜は、アメリを想って過ごさねばならぬ。
 箱の方もわきまえたもので、一旦、大事なものをお預かりしたならば、奥深くしまい込んで何事もなかったかのように静まり返る。そこで離れた所から眺めると、その箱がぎゅうぎゅう詰めなのか、まったくの空なのか見分けがつかないほどに澄まし顔である。当の本人だってすぐ横にもう一つの箱があるなら、憤懣やるかたない思いを詰めた箱は、どちらか見分けがつかなくなるだろう。ときめき燃える秘め事も、悲しいかな、氷のように冷たく見える箱に身を変じている。まして箱が年ごとに二個も三個も並んでいれば、選別は殆ど不可能である。箱が記憶の働きを取って替わってくれるからだ。
 しかしそれは箱が箱として静かに収まっているという条件に限る。蓋を開ければ形は崩れ、箱は箱でなくなる。そこで冒頭の箴言を思い出して欲しい。
 立川信輔は祖母るいの布団で、浦島太郎の話をよく聞かされた。るいの故郷が岡山だったので桃太郎のお伽話もあったが、物語の種類は五つを越えなかった。中でも浦島太郎物語は頻繁で、信輔は代わりに友達に語ってあげられるぐらい頭に詰め込まれた。
 祖母にすれば浦島を語れば、かわいい孫がすやすやと眠りにつくのを知っているからだ。他の話では勧善懲悪の考えが濃いので、物語は分かり易く一気に進む。筋のバリエーションを考えるのは至難の技であろう。ところが浦島太郎となれば亀に連れられ竜宮城で遊ぶまでは一直線にしても、丘に連れ戻され箱を手にする段からの展開は千変万化となる。
 浦島は興味本位で玉手箱を開け、白い煙が舞い上がったかと思えば、忽ち白髪の翁になるのがオーソドックスな筋である。もちろん信輔は正統な運びを何十回となく聞かされ、身に付いた習慣として眠りについた。
 小学校三年生の信輔には、昼間の学校や友達との生活は、子供ながらに緊張を強いられ神経を張りつめていた。きっと浦島太郎も竜宮城でお客さまとして厚く持て成されたとはいえ、神経をいろいろと使っていたはずだと思う。ところが浜に帰れば、住み慣れたふるさとでほっと一息がつける。浦島にとってのくつろぎの浜辺が、信輔が今、入っているお布団に相当する。そこで物語が浜辺まで辿り着くと、睡魔に包まれるように眠る。
 祖父母は現役時代、金融業で成功し、一代財を成した。豪邸にはお手伝いさんを抱え、その絢爛たる屋敷には遠くより見学者が訪れるほどであった。昼となく夜となく、接待や懇親会で飲めや歌えや、の宴が繰り広げられたと言う。祖母は夫の事業を支えつつ、宴の全般を取り仕切った。いわゆる黒子に徹するという役であるが、優れた黒子は全体の指揮官であり、微細に目の届く大局家でもある。ただ物語風に言えば、顔を隠し時には仮面を被り活躍した。
 栄華はどこまでも続くように見えた時、資産の大半を注ぎ込んだ株が崩れた。豪邸は火に焼けるとともに、夫に先立たれた。しばらくして息子が質素な家を建てた。信輔の父である。すってんてんのはずが、臍繰りの財産も新しい家に注ぎ込んだ。豪邸は写真として箪笥の奧にしまい、往年の話は語らなかった。優しさや懐かしさを装い、しつこく尋ねる者には「済んだことですから」とうっちゃった。
 信輔は青年になり、成金に近い栄華を母より知らされた。祖母が浦島太郎をこよなく愛し、竜宮城での舞い踊りを夕暮に朗々と語っていたわけが、わかるような気がした。竜宮の語りに、若くて雅なおばあちゃんがいた。
 少し挽回したとはいえ、残された箱こそ身をくるまう布団であり、感傷を冷え冷えと伝えるわけにはいかない。
「箱を開けて白い煙が立ち上った後は、どうなりましたか」
 信輔は習ったばかりのおさらいをするように
「浦島太郎はあっという間に、白髪の翁になりました」
「よくできましたね」という誉め言葉が幾晩か続いた後、
「それから浦島はどうなりましたか」と鋭い質問が飛んだ。
 信輔は記憶の隅々をほじくりながら、それからの物語は聞いていないはずだと反芻した。お陰で眠気は取れたものの、祖母の方は時間が経ち過ぎたのか、眠りについた。信輔は名答が聞かれずに残念に思ったが、いつの間にかすやすや眠った。
 翌日は学校に居る時から、夕暮れからの布団が気になる。
「浦島太郎は鏡に映した自分の顔を見て落ち込んでいたが、あと一つ土産に貰った箱を思い出した。それを開けると青い煙が立ち、再び元気な若者に戻ったのです」
 この会心作を早く伝えたい。祖母の背が寂しげなのを感じていただけに、元気を付けてあげたいと思っていたところに、傑作が生まれた。
 案の定、祖母はとても喜びました。
「ほうたいしたものだね。浦島さんに聞かせてあげたいよ」と誉めてくれた。
 しかし同じ話が続くと、感激が薄れ
「おばあちゃんは昨日の話しを忘れたのかしら」と軽蔑の気持ちが湧いた。
 祖母にしたら繰り返しの問いは「よく考えてくれたね」という思いだ。
 信輔はじれ始め、折角の楽しみが形に嵌っていると感じた三夜目、
「竜宮城から箱があと一つ届けられました。さて浦島太郎はどうしたでしょう」という祖母の優しい言葉が返って来た。
 第三の箱は初めから持って帰っていたのかしら、それとも太郎が若返ったと噂に、竜宮城から誰か亀にまたがり、「年相応になれよ」と秘密の箱を忍び込ませたのか。いや太郎君を恋しく思ううら若き女性が手紙を箱にしたためたのかしら等々に、信輔は寝返りを打った。
「うん 浦島太郎はその箱を大事に抱えて浜辺に出たんだ」
「竜宮城のことを思ってだろう」
「うん」
 祖母が自分の思いについて来てくれるのが嬉しい。しかし秘密はこっそりと隠しておきたい。その夜、信輔は亀の群れが続々と浜辺に訪れる夢を見た。
「箱を開けてごらんなさい」
「じれったいわね。私が代わりに開けてさしあげましょう」
「箱なんかどちらでも良いわ。それよりもう一度、竜宮城に行きましょう。さあ背中にしっかり乗ってください」
とお祭り騒ぎで、亀たちが呼び掛ける。この夢でおばあちゃんとの問答もしばらくは大丈夫だ。 
 実際に信輔が少年らしく、また大人顔負けの奇想天外な夢を披露してくれるので、るいはわくわくした。試しに金太郎について語りを促すと、楽しいエピローグを加えてくれる。信輔には物を語る才能がある。しかもその育成の一助を担っているという自負が喜びをいや増す。おかげで話の後は寝付けないほど興奮するが、顔の火照りとは別に足元が冷え冷えする。梅雨時というのに底冷えさえ感じる。
 信輔の心にはいくつもの箱が届き、楽しい便りで埋められる。しかし私の箱は竜宮城から贈られたものだけだし、失われた日々を爪を尖らせて捜し求めるばかりだ。今までの宝がすべてこの箱に詰められているとしたら、後生大事に抱えておくか、また別の箱を捜しにいくかだ。老いの身には、後者はとても難しい。
 夏はじりじりと暑かった。
 小学校の通学路には映画の予告ポスターが塀に貼られている。信輔は勿論、たっぷり時間を持つ祖母もそのポスターをしげしげと見た。おもしろそうだと、意見が合う映画を月に一度観に行く。父母にも内緒だから、事前の予想話は、布団の奧でひそひそと行われた。
「どんな筋になりそうか、言ってごらん」
 信輔はあらん限りの想像力を何日も働かせて来た。祖母もフェアを期すために、自分で立てた予想筋を述べた。たった一枚のポスターが老若の想像力を刺激した。いやそもそも概略はデザイン的にデフォルメされ、ポスターに伏せられている。
 お互いの粗筋を交換すると、日曜日までは黙々と眠った。静かな夜中に自分が立てた筋と相手のとを比較した。「浦島太郎のそれから」とは違い、映画は観れば答がわかる。白黒をつけるのは、賭け事が好きな祖母の性分に合い、浮き浮きした気持ちが伝わっている。勝てば嬉しいし、負けてもなお嬉しい。
 残暑は九月中旬までずれ込み、祖母は逝った。心臓発作であっけなく、「あんなに元気だったのに」近所の方々は口々に語った。

 信輔は独りで寝るようになった。「これで一人前になったのだ」と思い込もうと努めた。しかし掛け布団との隙間には、寂しさが立ちこめた。葬式の風景は次第に薄らぐというのに、白い遺骨箱だけが闇夜に浮かんでならない。箱がお座敷に安置されたのはわずかな時間なのに、目を瞑れば箱が浮ぶ。
 おばあちゃんは箱になったんだ。
 信輔は誰にも漏らさなかったが、その思いは夜毎に強まった。骨になっちまって箱に入ったというのとは、ちょっと違う。その説明なら、悲しみの大人たちにもわかる。信輔は、おばあちゃんが箱の中に入って、身を小さく屈めて居るような気がしてならなかった。
 白い箱を開ければ、おばあちゃんがまだ居ることを証明できる。正しくは箱に居たことをだが。ところがいざ蓋を開けた途端、必ずや白い煙がぱあっと立ち上がる。それからの千変万化の筋については幼い頭をフル回転させて考えた。
 きっと白髪の美しい媼になって現れるはずだが、煙が出た後は空っぽだったらと思うと、白い箱を今にも抱きしめたくなる。
 脇に汗が゚む。しかしそこはあどけない子供の事、苦悩を抱えながらも眠りに落ちた。夢を見れば、答がわかるかもしれない。何よりおばあちゃんに夢で会える。楽天的な考えは安らぎの眠りに誘う。しかし夢の中では、相変わらず白い箱が目の前にある。少なくとも目覚めた朝も、きのうと同じ白い箱が視界の中心にある。几帳面な少年には、解けないままの宿題は心にのしかかった。
 しかし春風が陽気さを連れて来る頃は
「信輔君、テレビなんか見ないで勉強するんだよ。映画は月に一度だよ」
という祖母のきびきびした声が耳元に届く。もう一度聞きたくて耳を傾けた時から、箱は消えた。
 子供は一日も早く大人になりたい。信輔は寂しさも手伝い、その願望が強くなった。大人になるには勉強が一番だ。勉強時間を増やすにはテレビを控えることだ。昼間は友達と遊びたいし、夜は放っておけば眠くなる。おばあちゃんとの約束を守る事は、寂しさを紛らわす以上に嬉しい。
 後年、サッカーのワールドカップを制したフランスの監督が、決戦前の一年間、新聞やテレビなどの情報を一切断ち、サッカー優勝に専念したと聞き、胸にじいんと来た。ある物事に秀でるには枝葉を削ぎ落とし、その事だけに身を置くことから始まる。要は多芸を上手にこなせないと弱みがあるが、ここではネガティブに引き下るまい。
 信輔は学校で習った事はその日のうちにおさらいした。友達との約束までの三十分間、お菓子を頬張りながら復習した。しかしこの際、教科書やノートは決して見なかった。出し入れが面倒臭いという理由もあるが、広告の裏紙に今覚えていることをどんどん書いた。もっとも学科は国語、算数、理科、社会に音楽、図工と、伸び盛りとはいえ小さな頭にはちきれんばかりの知識や考え方が教室では通過する。その内、気に入ったものやおもしろい内容が引っ掛かっているはずだ。
 白い裏紙に鉛筆を走らせると、隠れん坊が鬼の居ぬ間に現れるように、知識や教養が鉛筆を伝って紙上に現れる。
 「この鉛筆は魔法の杖だ」と思うとテストの点取り以上に、頭をすっきりできて快い。夏の暑い日にシャワーで汗や芥を流し落とすように、頭に滞った余計なものを落したい。
 実際は思い起こす時には、絞り出す苦痛も伴ったが、この儀式をしないことには、余計なものが頭にこびり付き、正体不明のものへと変わる気がした。少なくともメモ紙に文字や数字を書けば、すっきりと遊びに行ける。より愉快に遊ぶために一仕事であったが、小学校三年生には心底感じて実行したというのが真実である。
 草原で大勢の友達と遊ぶこともあり、相手を選んで二人で将棋を指すこともある。日を決めてお互いの家を往ったり来たりだ。昭和三十年代はまだ経済的には豊かでなく、お母さんが出してくれるお菓子も交代交代の方が負担が軽かったからである。子供には互いの家庭訪問は楽しく、家と同じお菓子でもお客さま気分で美味しい。
 「ここが勝負所」と長考に沈もうとする時、障子が静かに開く。敵方のお母様がお菓子とお茶をお盆に乗せて運んで頂くサービスは、名人戦気分だ。もっとも信輔が待ち受けるホーム側に立った場合、約束の時刻までに例のメモを書き終えていた。
「信ちゃんいる」
と恒松健一君が玄関を開けようとすると、信輔がぬっくと立つ姿に驚かざるを得なかった。待ち構える、いや待ちきれないという雰囲気が漂う。
 柱時計が六つ鳴るまでしっかり遊んだ。健一がどんなに奇抜な凄い手を放とうが、一勝二敗が良いところで、三連敗を喫することはなかった。たとえその可能性が濃厚な場合でも、時間切れの引き分けになる。健一は「同情されての八百長かしら」と恥を忍んで疑ってみる。ところが信輔の余りに真剣な表情に、この疑念をぶつけようものなら拳骨が飛んできそうだ。こいつの方が真剣で勝っている。
「強いねえ」
「遊びだから勝ったり負けたりで良いんだ」
 勝者から慰められると、痛いはずの傷がむず痒い。挑戦者はあと一人、児島秀樹がいて、週に一日ずつのお相手だ。
「君も一勝二敗のペースなの」
「うん、一引き分け一敗の時もある。だって信ちゃんの家は時間厳守で、もし遅れたらお仕置きがあるんだって」
「将棋に負けてもあるんじゃないかしら」
「あるとしたら僕たちに三回とも勝ってしまった場合だろうよ。でもお仕置きをするのは僕達の方で、二人揃って「君は強すぎるから、おもしろくないよ」の一言で関係はぷっつんさ。「僕たちは弱いから、君は何局指しても得るものがないだろう」のが殺し文句さ。
 僕たちは煎餅をかじりながら、王手飛車取りに熱中していればいいんだ。しかし信ちゃんは僕たちから外れると、広場に招かれず独りぼっちさ。僕たちは広場では副大将格だから、仲間集めと選びができるのさ」
「だったらあと一歩気を遣って、僕たちが二勝一敗にしてくれたらいいのになあ」
「それがあいつのまじめな所で、八百長で勝ちを譲っているんじゃあないんだ。信ちゃんは気合いが入ると背筋がヨットの帆みたいにぴいんと張るんだ。ふうっと息を抜き亀の首みたいに萎れて、そこから勝ちを献上してくれる。きっと緑の広場が目に浮かぶんだろうよ。気合いは自然に生まれるからね」
「それにしても僕たちと腹一杯遊びながら、よく勉強ができるね」
 二人の話はいつもこの辺りで止まった。信輔もひそひそ話を感じていた。しかし三連勝が掛かると、手がかじかみ戦闘意欲が萎んだ。もしこれが一局目だったらもっと溌剌とした指し振りになっていただろう。乗りが良い時と悪い時の差が激しいのは、癖になった。
 それでも夕食までの十分間は机に座り、先程のメモ紙の横に指したばかりの棋譜を書いた。勝因や敗因を明らかにするより、自分の気に入った局面を「7六歩、3四歩、7八金…」と符号で現してみる。将棋のことはきれいさっぱりと忘れたいためでもある。
 夕食は一家団欒で話に花が咲く。
「今日の勉強はどうだった。テストの成績は」
と母は最も気がかりな事を真っ先に尋ねる。父はにこやかに食事をしている。
「まあまあだったよ」
 曖昧な返事が良い知らせである。父が寡黙でテレビを禁じている分、全体の会話は多い。それから四人家族が順番にお風呂に入る。
 ところが信輔が眠ろうとすると、瞼の右隅に箱が現れた。初めはほんの芥子粒ぐらいだったが、箱の輪郭がはっきりするや、上蓋が徐に開かれる。この箱に何かを積め込まないことには、眠るのを許して貰えないような気がする。
 おばあちゃんが側にいるんだ。
 しかし手を伸ばせば、おばあちゃんは出て行ってしまいそうだ。だから確かめようはないのだが、きっとそこにいる。箱の中に今日の出来事、特に学校で習った大事な内容を詰め込めば、おばあちゃんは丹念に読んでくださる。
 この瞬間、裏紙にメモした文言が浮ぶ。毎晩のことだから簡単そうだが、眠る寸前だから、精一杯お願いするとメモは記憶装置へと飛んで来てくれる。そのメモを掻い摘んでおばあちゃんに届けたい。
 古代ギリシアでは、勝利の吉報を味方に届けたいと四十二キロを駆け抜け知らせた途端、ばったり倒れた英雄がいた。もう少しゆっくり、休憩を取れば良かったのにと、論ずるのはやさしい。ランナーは吉報を届けたい一心だ。信輔はランナーの如く、本日のエキスを箱に詰め込んだが最後、ばったりと眠った。
 闇が明けると朝がある。母が丹精込めた朝食を取りながら妹と喋り、いつもの学校へ通う。路では友達と戯れながら、定刻の十分前に着く優等生である。余裕があるから、昨日の事を思い出してみる。布団でのあの箱は、やっぱり芥子粒みたいだ。その箱がぱあんと弾けた時、受け持ちの森下先生が目の前に立っている。うとうとしていたのかと、脇に汗が゚む。
「立川信輔君、きのうの理科で覚えている事を皆の前で言ってごらん」
と鋭い声だ。「皆の前」という文句がきつく尖っている。信輔は渡りに舟でたった今、弾けたばかりの芥子箱での口上を述べた。
 森下先生は、ただぶらりと構えていたミットに豪速球が入ったように、慌てて教壇のあんちょこを見た。要点は順序こそ違え、お手本の通りであった。むしろ信輔の順番の方がすっきりと垢抜けている。
「よく勉強して来ましたね。感心しましたよ」
 その日から朝一番のおさらいは、立川信輔を指名するのが決まりとなった。びしっと返る名回答は朝の清涼水で、あんちょこを見ずに授業を始められる。他の生徒たちは羨ましがったが、自分に矛先が廻って来ないのでほっとした。
「きのうの国語は何でしたか」
「芥川龍之介の「トロッコ」です。主人公の少年は、往きは初めてのトロッコに乗り、わくわく気分でした。帰りは夕闇が迫り、泣きたいのを堪えながら歩くのです。悲喜の落差が面白かったです」
 朝の問答は「お早う。ただ今より授業を始めます」という挨拶代わりだ。
 信輔は高校時代に「枕草子」を習った。雪がとてもよく降り積もった朝に、清少納言はお后の定子様から謎を掛けられる。
「香炉峰の雪はいかに」
 香炉峰は唐の白居易による有名な詩の一節にある。そこで清少納言はすっと立ち、簾を上げる。暗かった部屋が、白銀の雪景色で明るく映える。お二人は連峰の向こうに、香炉峰が見えたのであろう。周りの者たちは唖然とし、何が起こったのかを必死で考える。
 信輔はこのあっぱれな光景を、自分の小学校時代の森下先生との遣り取りに照らし合わせ、用意周到、準備万端の劇にちがいないと、独り考えてみた。
「雪が今宵は積もりそうですね」
「だったら明日の朝一番で、あの名詩のくだりを皆に披露しましょうか」
「名詩って何」
「香炉峰の雪は簾を上げて見、ですよ。今宵は皆も体が冷えて寝不足になるはずです。香炉峰なんて言われても懐炉のことかしらなんて、ちんぷんかんぷんのはずですよ。そこで簾を上げ、きらきらの朝陽を入れる」
「雪がもっとどんどん降ると良いわね」
 本番前には目配せがあり、清少納言は簾の前にスタンバイした。それとも座からやおら簾へと歩いて行ったのかしら。
 好事魔多しで、「清少納言はしたり顔をしているが、芸は未熟だ」と批判されまもなく失脚する。ライバルの紫式部からのきつい批判である。「戦いは眼下の敵を叩け」の定石通り、微差を大差に変えて圧倒した。晩年の清少納言は老いた夫と寒冷の地方で、厭と言うほど雪を見て暮らしたという。
 森下先生からの問い掛けは、信輔にとって待ってましたの簾である。しかも一度用をなした知識や教養は、昨日の小箱から大箱へと移され、決してぽい捨てされてはいない。もし一昨日の鶴亀算の解き方を求められたら、大箱から小箱を経由し、ぴかぴかの模範解答のご披露である。
 この快調子で入学試験も切り拓き、有名高校に合格できた。受験勉強では睡眠時間は「四等五落」とか「膝に錐を当て眠気防止で頑張れ」は気力で勝負のガリ勉連中の話だ。信輔は睡眠時間をたっぷり取らないことには、箱の整理ができない。
 母はよく井戸端会議で
「うちの子はあんまり勉強せずに、よく遊びますのよ」
と謙遜なしの内輪話をして、羨ましがられた。

 このまま進めば小箱でも数がかさみ、頭は一杯になってしまう。背丈の伸びは止まるのだから、頭だって同じだ。勉強の量が増えて来れば、布団での箱詰め作業に一時間も二時間もかかる。それじゃあ、睡眠時間を削らなくっちゃ。戯れは白昼夢としても、箱の量と収める位置が気にかかる。
 高校では授業の始めに「ええ、昨日のおさらいをしましょう」などと悠長な先生など皆無だ。それらはまとめて、中間テストや期末テストで調べたら済む。抜き打ちの豆テストもある。信輔は葉桜の美しい季節に、秘密の箱が弛むのを覚えた。どんなに上手に入れても見せ場が乏しく、缶詰に泥を入れるようなもどかしさがある。それに情報と言っても、学校で習う情報のほんの一部しか入れられない。なぜなら大事なものは、その場でノートに書かざるを得ないほど量が増えたからだ。
 初めての危機を迎えた。できるだけ早く、箱の調子を取り戻したい。
「これじゃあ、丘に上がった河童だ」
 高校の仲間はそれぞれのやり方で、優秀な成績を収めて来たし、現在進行形である。とにかく量をたくさんこなしきる人ばかりだ。最たるものは勉強時間で、参考書を見ながらの食事、友達によっては家族団欒も英語を使って会話をしているとも聞く。また意味が少々わからなくとも行け行けで、ベッドで睡眠時間だって学習テープを聴きながら深層心理で覚えようという魂胆である。
 しかし要は自分自身で、素手の河童は丘に長くおれない。このままでは、一ランク下の高校へ転じなければならないという恐れを感じた。懸念はどんな予言者より自分自身が最もわかる。知れば知るほど、変梃な好奇心が生まれ、足が自然にそちらに向く。
 信輔はぬかるみの中で踏ん張った。
「そんなに早く寝て、どこか体の具合でも悪いの。体温を測ってごらん」
と優しい母がスパルタ教育である。
 これだから律儀な父が恐れをなしているのかと、気の毒に思う。翻って考えれば、母は恐怖の雰囲気をつくり、白昼の不倫でも味わっているのではないかしら。ちょっと買い物と称し、束の間の恋を繰り返す。もし子供が問い正そうなら、優しいはずの温度計が鞭に変わる。
 幸い、゚んだ汗のため体温は下がっている。
「本当に具合が悪いなら、早く寝なさいよ」
 許された秀才はさっそく目を閉じ、箱を呼び寄せる。箱こそ命で、この箱を頼りに今日の授業を懸命に振り返る。ノートを使っての復習や問題集などの普通のやり方なら、クラスの中間ぐらいの成績は取れる。余りの早寝技は意固地である。また自分の強みを過信することは、いつか弱みに変わる。
 それでも伝家の宝箱を使って、一時限目の英単語を思い起こしたい。ちょうど夏に大勢の蚊たちが円柱状の蚊柱をつくり飛び通うように、信輔の枕元には英単語が集結した。一匹は次の一匹、二匹を呼び込み、英単語の蚊柱はぽつ然としたものから、黒々とした街の群衆へと変わる。
 「This is a pen」の初級英語から高校中級まで集合させるには三十分は優にかかる。しかも横文字だらけで、肉声はない。アルファベットは僅か二六文字でその長短が姿を変え、狭苦しい箱を飛び回る。もしこの有様を新進気鋭の画家が観たら、さっそく作品に表すだろう。
 信輔は布団での勉強の大半を、英語と数学に費した。二十六文字の新しい変化を見ていると、予習にもなり本番の授業中も思わずほくそ笑む場面に遇うことがしばしばとなった。
 数学は主な原理や公式が箱に現れるから、シンプルである。つまり方程式を作るまでが初期の作業で、計算の直前である。時間的には眠る寸前に、公式たちが横並びに勢揃いする。順番は自由自在に入れ替わり、堅固な様は高層ビル群の組立てを図面上で見るようにおもしろい。公式と言っても高校レベルだから、百程度である。基本的でおなじみの公式が中枢を占め、新参者は恐る恐るだが、実は万を持して横列に参入する。列では上下の動きが落ち着き、順番を固定するために縦の楔が数本、打ち込まれれば、数学の建物は完成である。「さすがに美しく素晴らしいな」と見とれている内に、本当の眠りに落ちる。
「学科で大事なのは英語と数学だ」
と受持ちの関山先生は力説される。
 関山先生は国語の先生なのに、他の教科の重要性を誉めるのは偉く、その説を律儀に守ろうとする信輔もまた純情である。おかげで英語と数学だけは抜群の成績を勝ち得た。他の教科が一夜漬けの標準点だから、総合点ではクラスで上の下の順位を占めた。
 夏休みに入る前、母に成績表を見せると
「あんまり勉強しない割りには、まあまあやねえ」
と中学時代の同級生と同じ評価を下した。
 秋風とともに、調子が狂い始めた。既に変調であったが、友達にはカモフラージュしなければならないほど、にょっきりと露わになった。
 九月初旬、夏休みの宿題テストが好成績であった。宿題は英語のサイドリーダー一冊で、シェークスピア劇の簡略版であった。信輔は燃える夏の溢れる時間を利用し、日本語への翻訳本を読んだことが功を奏し、全校でベスト3に入り、廊下の掲示板に名を連ねた。板は上窓側の仰ぎ見る位置にあり、進学校の雰囲気を醸し出している。
 例の箱は夏休みとあって、昼寝時にも活用でき、翻訳の名文がせせらぎになり注ぎ込んだ。つまり和訳はシェークスピアの名だたる訳文が勢いよく合流した。仰げば尊きランキング表は、すぐ隣室で学ぶ生徒の目に入らないわけにはいかなかった。ライバルは一度睨んでも、二度は見ない。ところが隣室の生徒は一年先輩たちのランキング表であっても、出入りする毎に見ざるを得ない。
「英語がよくおできになりますのね。どんな方法を取られておられますか」
 帰り道の坂で息が急き掛けた時、横から声が届いた。ちょうど風がひゅーっと吹いて、空耳かなと思った。ええっと声の主を追うと、富士子がいた。一学年下で、才気溢れる美少女の人気ベスト五に入る。信輔はその知的な顔を高嶺の花として遠くから眺めていた。至近距離から見ると、あと一学年分の成長に備えてか、セーラー服が大きめで余裕がある。普通の女性にも物怖じするだけに、富士子に自分から話そうと試みるなら、それこそ練りに練ったハムレットのせりふを日夜考えなければなるまい。ところが高嶺の花の方から近寄って来た。
 信輔は首を富士子の方へ傾け、「しっかり考えていますよ」というシグナルを送った。箱にまつわる逸話を語ってもわかってもらえないだろう。「その箱にはおばあちゃんとの思い出も詰まっているんですよ」と真剣に告げて、くすくすと笑われたら傷つくだろう。
「英文をテープに録音し何度も聴き、頭に入れたら宙で発音してみます」
みんな嘘だ。格好良い方法で後輩を感心させたい。延々と嘘をついたのはこの時が初めてで、一気に大人の仲間入りをした。辻褄合わせのために、嘘が数珠繋ぎになる。しかもだらだらの汗を隠すために、まるで詰まらなそうな表情まで演じた。
 しかし富士子の目的は成績向上であり、先輩の秘訣を何とか聞き出したい一心である。円らな瞳に微笑み、すっと伸びた鼻に蕾のような唇、そしてソプラノの響きに、純情な信輔は悩殺された。従ってここでも好成績の秘訣を正直に告げれば、その後こじれる心配はなく、高嶺の花の側に君臨できた。
「テープが擦り切れるぐらい傾聴しておられるのでしょう」
「いやテープには依存せず、一度聴くだけです。一期一会の精神です」
「まあ格好良い」
 信輔は滑らかに嘘を続けた。ところが振り返ると、富士子は嘘を承知の上でおもしろ半分に吐かせたのではないかという気がした。それでも突っ張った言葉の証を立てたいと必死豆炭で勉強した。富士子の教室側のボードに高々と自分の好成績を掲げたい。それもできれば首席でありたい。
 信輔は昼行灯などとお目出度いニックネームを付けられていたが、英語の授業ではきらきらと目を輝かせた。その反動で、英語の次の授業では昼行灯どころか、うたた寝をした。帰宅してもひたすら英語に励み、夜深くまで単語帳に煌々と灯りを点した。 
 「えらく熱心だね」という母の誉め言葉に、「サンキュー サー」と危うく答えるところであった。そして伝家の宝箱が夜更けの枕元に現れるはずだ。しかし過ぎたるは及ばざるが如しで、過剰な勉学のためか意識が冴え、睡魔が訪れようとしない。
 ぼんやりと一日を振り返れば、睡魔君とともに箱がやって来るか、それとも箱が眠りを連れてくるのかしら。
 余りに英語だらけの生活だから、振り返ろうにも日本語は僅かだ。箱には珠玉のキーワードが集約されるはずなのに、肝腎の授業より家の参考書にある英単語ばっかりで、辞書を立方体に引き伸ばした箱が、辛うじて現れるばかりだ。それでも念力で箱を引き寄せ、今日の英単語を記憶しようと焦ると、静かな眠りとはまるで逆にますます頭が冴え渡る。
 おぼろげな箱と言っても、英和辞典と和英辞典を合わせたものではないか。本物の箱が現れてこそ、今日のお務めが終わる。瞼の片隅にやっと小さな箱が見える。しかし尖った爪先で、蓋を開けようにも言うことをきいてくれない。ほとほと疲れ果て放り出すと、その箱はピンク色に輝いている。蓋の隙間から覗くと、中に誰かいる。「色付きの夢を見るのは普通じゃあない」と聞いていたので、胸がどきどきし、寝ている場合ではないと観念した途端、箱に忍び寄って来たのは富士子とわかる。淡い思いが確かめられるのは嬉しいが、肝腎の英単語はまだ顔を出さない。えい、やあと念力でこじ開けようと、微かな声が聞こえて来る。
「テープの勉強は一期一会の精神ですね」
「自分の言葉を夜中に思い出してもナンセンスさ」
「まあ格好良いこと」
という富士子の甘い囁きが伝わる。
 それから何を語りあったのかしらと、懸命に思い出そうとした時、誘われるように眠りの谷底に誘われた。ピンクの夢が、明ければ青い空。ふらふらしながら高校へ向かう。

 中間テストの二週間前には、運動部員さえラストスパートに入るのに、信輔には余計なものがまとわり付き、能率が上がらない。あくまでも授業中心のおさらいにプラスαを加えようする。これは短期テストの常套手段だが、富士子との格好を付けた会話ばかりが、子犬の尻尾のように頭を廻る。
 こんな危機こそ、勇気を振り絞りもう一度富士子に逢いにゆくのが賢明だ。駄目で元々、当たって砕けろで、情熱溢れる接近を富士子は心待ちにしているはずだ。しかし殻に閉じ籠もりが長いので、ちょっとした賭けが重い。もしノウと断られたら、今までの努力は水の泡ではないか。だから掲示板に栄えある名を連ねてからの凱旋アプローチこそ、成功の確率を限りなく高める。
 その考え方は誤りではなかったが、時間がかかり過ぎた。それに肝腎の記憶箱は濃いピンク色に塗られ、僅かな単語や熟語を思い出すにも、ピンク色が付いてきた。すぐに富士子を連想してしまうのが最大の理由だが、ピンク色はペンキのようにべとつき始めた。
 そもそも記憶の箱は無色透明だからこそ、様々な色や形を受けて映えさせる。地がピンクの枠取りでは他の色たちは遠慮し、ピンク色に同調するか、よそに逃げる。何よりの証拠に英語の勉強は維持できたものの、数学や物理が縁遠くなる。もし無色透明の箱なら、公理や公式も自由自在に活躍できるのだが、ピンクが背景だと春霞のように曇る。
 信輔は英語のテストで、辛うじてベスト十の殿に入ったものの、へとへとで座り込むようなゴールインであった。みんなに秘訣を語るどころか、しがらみからの気分転換法を教わりたいほどの落ち込みようである。
 悪戦苦闘の間に、富士子にはボーイフレンドができた。帰りのバスを待つ間に、ちょうど通りの反対側に彼女が見える。小柄なので、横に立つ男は背が高く見える。本当は二人の間には純情な距離があるのだろうが、ぴったりと寄り添っている。あるいは、まじめな勉強についての遣り取りがなされているのかもしれない。それなら一々、身振りや手振りの必要はなかろうにと、信輔は乾いた指を食えて眺める。この悔しい情景は、仔細な所まで鮮明に記憶させられた。
 彼は偶々バスを待っているだけで、喋りあえば退屈さは飛んでゆく。信輔は当たり前の理由で必死に納得しようと努めた。しかしわざわざ親密さを自分に見せびらかす必要はなかろうにと思う。
 気づいていないのかしら。きっと気づかない振りをしていちゃついているんだろうよ。いや視線を意識して、より親愛ぶりを演じているんだろう。
 帰り道は長かった。目を瞑れば二人が居る。信輔は帰宅するや、気を取り直し勉学に取り掛かった。英語の一点絞りだ。とにかく次の期末テストでは掲示板の一位に踊り出たい。構想は壮大だが唯我独尊で、目的とは逆の方向へ舟を漕いでいる。取り憑かれたようにガリ勉で、虎の子の箱へと可愛い、可愛い富士子ちゃんに「おいで、おいで」とせがんでいる。こんな狭苦しい所に、アイドルが来るはずがない。

 ところで富士子には涙ぐましい努めがなされた。涙ぐましいとは、振り返ってからの感傷を含んだりりしい言葉である。当時はひたすらにまっしぐらが適切だ。
 富士子が合唱部にいるという噂で、信輔はピアノレッスンを始めた。そんな高級な勉強より、その合唱部に入れば何かが始まる。すべてが始まる。共に唱うばかりか、話もできる。少なくとも普通の部員としての話ならできるし、部員としてしなければならない。しかしそれ以上に突っ込んでいった場合、ノウが返って来ることが恐ろしい。そこをありったけの甘い言葉とほほえみで押し返せば、類い希なるチャンスも訪れる。
 失敗を恐れ、甘美なピアノレッスンに取り組んだ。キーを叩くというより、石橋叩いたと言ったら酷であろうか。妹のピアノを貸して貰う。
 溢れる思いに高まるロマンス。天才モーパッサンの「脂肪の塊」ならぬ「ロマンの塊」が指に託し、ピアノの音色となる。グランドピアノを大きな箱とすれば、合唱部も共に唱おうというより大きな箱である。窓から聞き漏れる合唱の声は、鉄板上に火にあぶられる豆のように、心にはじけた。
 「ブラームスはお好き」というF・サガンの名作がある。信輔はまだ全てを読んでいないが、ブラームスはロマンティックにして、恋の実りにはほど遠いように思われた。ブラームスはシューマン夫人に恋をしたが、告白できぬ思いを曲にした。新古典派と称せられるが、ねじれた思いを沈静化した後、ロマンティックな曲に仕上げる。できたものは夫のシューマンに見て貰う。実力的にはいちいち指導を仰がなくとも良いのだろうが、夫人を見たくてドアを叩く。天才シューマンが青年の心情を見抜かぬはずはない。
 「ブラームスはお好き」は信輔には意味深長で読む気にはなれない。
三つ年下の妹倫子は小学2年生からピアノを習い始めた。中学2年生の当時でバッハやモーツアルト、それに大好きなショパンを弾けるまでになっていた。狭いアパートの一室にピアノを置いていた。一家四人が布団を敷けば、足の踏み入れにも苦労するほど狭い。
 信輔は独りの時、白と黒のキーに触れてみた。片手でドレミファと弾くと音がついてきた。どんな名演奏家の音色より、自分の指で叩いた音の方が心にしみる。上手になり、富士子の音楽教室で弾いてみたい。
 勇を決して倫子に頼んでみる。
「ピアノを弾きたいんだけど」
「何を」  
と想像していた通り、ぶっきらぼうな答えだ。
 妹は遊ぶ時間も割き、どの強い眼鏡でピアノの練習に励んで来た。簡単に上手に弾けるはずがない。もしそんなこつがあるなら教えて欲しいわという気持ちだ。自分のピアノは兄とはいえ触らしたくない。
「有名な曲で簡単に弾けるようになるやつ」
 信輔はナイーブであるが、妹には大胆である。この大胆さの半分でも富士子にぶつけられたら、片思いは楽しい交際に変わっていただろう。
「そんな曲はないわ。でも『猫踏んじゃった』なら簡単だし、原作はモーツアルトとも言われているわ。とにかくピアノは基礎が大事です」
とバイエルの教則本を手渡した。
 信輔はつまらなそうな顔をしたが、嬉しかった。ピアノの使用を許してくれたからである。バイエルはこつこつ弾きながら、名曲は自分で捜すことにする。SPレコードで「月光」を聴いていたが、第一楽章なら何とかできるではないか。買い求めた楽譜を受け取る手が小刻みに震える。
「本当にお弾きになるのですか」
と店員さんから尋ねられそうな気がしたからだ。
 楽譜は妹が居ない時に広げた。妹の先生は厳格で、一曲を習得するまでの約二ヶ月間は他の曲を触らせなかった。倫子も「月光」は弾いてみたいであろうが、華麗な第三楽章が弾ける技量がつくまでお預けになっていた。
 フィリップ・アントルモンが奏でるSPレコードは、針が擦り切れるぐらいに頭で回った。信輔は楽譜こそ読めなかったが、そのメロディは心と頭に蓄えられ、拙い指から生まれ直した。「月光」の第一楽章の練習量では、どんな名人でも右に出るものはいない。一日に十回、月に三百回は優に超えた。妹の先生からの教えを忠実に守ったわけだ。
 梅雨前に始めた練習も運動会の季節に差し掛かった。それもこれも、あの音楽教室で富士子を前に演奏したい一心である。
 冷静な判断ができる男なら
「まず富士子ちゃんにクラシックとポピュラー音楽とどちらが好きかと尋ねた方が良いよ。もしクラシックと答えたら、それからモーツアルトかベートーベンかと尋ねる。どうしても聞き難いなら、彼女の友達を通して聞いて貰う。たとえベートーベンと答えてくれたとしても、富士子ちゃんが一緒に歌えるような曲を選んだ方が楽しくなるよ」
と助言してくれるだろう。
 しかい一七歳の信輔は「月光」のライブが最高のプレゼントと信じて疑わなかった。熱演中に富士子が入って来る。
「まあ素敵なピアノ曲ですね」
「初めから弾き直しましょうか」
「ぜひ、そうしてくださいな」
 暖めてきたシナリオを実現するには、打って出るしかない。十月末の水曜日に憧れの音楽教室に歩を進めた。火と金曜日が富士子たちの練習日だから、その合間を縫ったわけだ。いや合間だからこそ富士子ちゃんたちが自主練習で訪れる。淡い期待が膨らむ。
 グランドピアノは黒く光り、蓋は重たい。ところが弾き始めると思っていたより上手にできる。大きな部屋に音がよく響き、しかも洗練された音だ。楽譜なしで二度、三度と弾く内に、ますます上手に聞こえる。そこで毎週水曜日の放課後は、意気揚々と音楽教室のドアを開けることに決めた。希望が生まれると勉強の方も捗り成績も上がった。しかし肝腎の富士子とは廊下であっても、ろくにものも言わぬまま小走りに別れた。短い髪に円らな瞳は知的にかわゆい。ちょこっとお辞儀をしてくれたこともある。
 一か八かで臨めばと思わぬこともなかったが、ノウと言われたら何もかもが駄目になる。それより音楽教室で劇的に逢いたい。信輔は教室では居候であり、節電でピアノの周りしか灯りをつけなかった。見上げれば教室の壁は薄暗い。こんなに一生懸命弾いても、誰も聴いて貰えないのかと思うと、ピアノの音も小さくなる。とその時、ドアがぎぎぎっと音がする。ピアノの音量を小さくした分、耳が敏感になっている。
「やあ立川君じゃあない。誰が弾いているのかしらと、壁際でいつも聴いていたけれど、今日は思い切り入ってみたわ。感心しました」
と同じクラスの稲田佳子がにこにこして近寄って来た。
 誰も永遠に来ないよりましであったが、信輔はげっそりした。百年の恋というか、企みが一瞬で崩れる。それでも佳子の切なるリクエストに応えて、手塩にかけた「月光」を二度も弾いた。
「本当に上手だわ。感じが出ている」
 その言葉を富士子の口から聴きたい。佳子の前では、感じなんかちっとも入れていないし、入れるものなどない。これまでずっと悲劇的な気分が、突如として喜劇に変わる。
 そう言えば稲田佳子は書道部員として、しきりに入部を勧めていた。
「書道をしていると心が落ち着き、人間的にも成長できますわ」
とこの喜劇的な場面でも勧誘した。
「そんなものしなくとも、落ち着いているよ」
 佳子はほとんど泣きそうになっていた。綺麗に梳いた長い髪が揺れている。
ガリ勉以外、取り柄は見当たらない。取り柄がないからガリ勉に走るか。残酷な考えが余計に我が身を冷え込ませる。こんな女学生を前に泣きたい気持ちだ。
「あと一回、弾くから聴いてくれるかな」
 佳子は笑顔を取り戻し、大きくうなずいた。信輔は姿勢を正し、目を瞑って今までの思いを三分強に込めた。指は軽やかで、佳子はたくさんの拍手をしてくれた。
 お客さまを前に音楽教室で弾いたのは、その時が最初で最後であった。あと何回か粘れば、本当のお客さまが花束を持ってみえたかもしれない。佳子はそれからも、放課後に私のところにやって来ては勉強の質問をした。根掘り葉堀りの質問である。月光のことはもとより書道部のことも、一切口にしない。合間にはカバンからビスケットを取り出して信輔にくれた。デート気分を盛り上げようとしたが、敵は本能寺であった。信輔は教えるも何も、答がすらすらと出てきたから、ぺらぺらと喋ったまでだ。心は空になっちまった。佳子にしたら、美男子からビスケット一枚で習えるとあって燃えに燃える。

 それにしても田で喰う虫も好きずきで、愁いを含んだ横顔は魅力的に映るのだろう。高校生は伸び盛りで、高くもっと高くと心身が成長する。競い合うという観念を初めて身をもって体験する。体の中から自然に芽生え、実行したくなる。その一方で陰翳への目覚めでもあり、きらきらと輝く陽光のほんの側に、しっとりとした陰を発見する。
 物理学的に考えれば、陰は陽の裏側であり、例えば岩石にぶつかり立ち上がった際のしるしである。ほんの僅かな憩いを求めての休みである。陰はそれ以上は進めませんよという悲しみとともに、安堵の地でもある。ただし全体から見れば、ほんの一部分であり、文字通り日陰の者としてつつましやかに生きている。
 ところが信輔の場合、体ごとどっぷりと愁いに沈んでいるように見えた。処世術はもとより、身なりや体裁には頓着しないから、愁いが恥ずかしいほど学生服からもろに飛び出している。もっとも体裁や立ち居振る舞いなどに優れた才覚を持っているならば、富士子とも仲良くなるのは容易である。
 人は誰もが自分のことに関心を持って貰いたいし、好かれればそれに越したことはない。しかし好きだと余りに主張すると、「それはあなたの勝手でしょう。我が儘はよして下さい。どろどろのエゴは私には嫌悪感を催します。こんな私をわかってくださいよ。」と伏し目がちに見返されることになる。
 信輔は愛が溢れ出るが故に、逆行が眩しく蹲る。ところが学年の中途ではこれではいかんと、格好を整えることを心掛け始めた。
「姿勢が悪いよ。もっとしゃきっと歩きなさい」
という母からの叱咤がある。
 それ以上に心は心。格好は格好という二重行動を覚えた。それは裏を返せば失意へのせめてもの抵抗であったが、大人への階段でもある。面従腹背などという戦略にはほど遠いが、とにかく二つの矛盾するものを抱きかかえようとした。ポーカーフェイスはその気になればできる。失意にして元気。受験勉強で競っている者には、止むに止まれぬ自衛策である。
 しかし同級生の稲田佳子は見抜いていた。自分の悩みに照らし合わせ、二重構造を抱える男性に照準を合わせた。当然、明暗の幅が広い方がおもしろく、完璧さを装う人物をほどき崩すのは知的な興味をそそり上げる。まして笑顔が自然に醸し出されるとあって、信輔もいつの間にか心を傾け始める。
「数学がよくおできになりますのね。もしお時間をあれば、この演習問題を教えてください。昨晩遅くまで解こうと頑張ったのですが、埒があきませんでした」
と言ってぺこりと頭を下げた。「月光」の力演の翌日である。
 孤独を誇る青年は、人に頼まれ、しかも息が掛かるほど接近されることは稀である。放課後とはいえ、少女は教室で机を二つ寄せ大胆にお願いした。信輔は口にこそ出さぬが、ひた隠しにしている好意がにじみ出ている。従って陰翳の奧にある謎、即ちどこか近くにいて、好きでたまらぬその女学生の、その名前を知りたいと思う。そこさええぐり出せば、後はこちらのものである。手練手管は始めればどこまでも独学できる。
「そんなに君が困っているなら、頑張ってみようか」
「ありがとう」
 信輔は根っから数学が好きだから、問題が目の前に現れると反射的に式と計算がはじけた。それでも問いにはひねりが幾重にも利いており、難渋を極めた。時計の長針が半周して、やっと目処がついた。
 にこりと微笑むと、佳子の額が長い髪とともにほんの横まで迫った。ありふれた顔で、目鼻立ちのいずれも標準偏差値の範囲である。佳子はきっと美しさに余り取り柄がないと寂しくも自己判定した後、思い遣りと気配りで勝負を始めたのだろうが、その日は唇にほんのりと紅を塗っている。
 信輔が難問の解き方を教えるたびに、はい、はい、しばらくしてからは、うんと素直で甘い吐息を漏らす。信輔が計算式を精密に確かめ、一息つこうと顔を上げると、そこには僅かに開き気味の唇が待っている。
 何度も静かな教室で唇を合わせる。
 週に一度は唇の時を持つ。安全地帯を捜して、場末の公園へと転じる。佳子の成績はぐんぐん上がる。成果が目に見える。信輔は停滞する自分より、佳子が上位に行くことを別に羨ましいとは思わなかった。踏み台にされても構わないし、楽しい時を過ごしているまでだ。
 ただ佳子と唇を合わせている最中に、富士子の映像がつきまとった。まさに二重行動家の真骨頂である。しかし余りに度が過ぎると、さすがに佳子に気の毒になる。しかし佳子は自分たちの熱い唇の向こうに、合格という栄えあるゴールを見ているのだろう。お互いに美しい映像へと気が散ると、唇をゆっくり離した。佳子は初めは淡い恋もあったが、あくまでも勝利への手段であり、体の良い売春の考え方である。青春は純粋さとどぎつい欲望が一気に芽生える。
 信輔は卒業するまでに、自分からは余り興味の湧かない女学生と親しくなれた。絶好調の時には、磁石に吸い付く鉄釘のように、女友達が現れた。傷つき挫折した未成年の愁いは、欲を脱色したように珍しくまた衛生的に見えたのだろう。それほど富士子への失意は深かった。

 しかし中間、期末のテストが近づけばとにもかくにも機械的に勉強した。 そして涙ぐましい念力が効いたのか、ピンクの箱がそろり、そろりと現れ、言い訳のように英単語が付いてきた。探検家が砂漠で遭難時に、恵みの雨粒に触れるように嬉しい。涙なくして話は続けられない。もっともっとといやしくせがめば、富士子が澄まし顔で登場し、恐れていたのっぽの男が迫る。白昼での忌々しいシーンの再現だ。しかも本日の公演内容だから、しっかりと覚えている。その周りを見渡せば、英語の箱なんか吹っ飛んでいる。信輔はライバルにKOされたボクサーのようにぐったりと眠った。
 高校での成績は、頂点を極めた放物線のように落ちに落ちた。寝床での振り返り学習を止めたばかりか、横文字を見ただけで吐き気を催した。魅惑のシーンを見せつけられ、体内にその毒気が回った。とにかくあの後でも、富士子と語りあえば良かった。トライ(TRY)は英語で習っているではないか。クラスの噂では「富士子が君をじっと待っている」とも聞いた。
 風の噂は誰がどこで吹かすのだろう。
 哲学的な問いをしようという訳ではない。富士子が自分を待ち焦がれているが故に、風が吹いたにちがいない。三年経ってからの結論である。
 
 信輔は辛うじて高校を卒業したが、巷をさまようことになった。有名な進学校だから流れに乗って大学に進めば良かったと、悔みもした。貧しい父母も進学を勧めてくれた。しかし頼りの頭箱がピンクに染まったままで、上昇の志が削がれた。たとえ中程度の大学に収まるにしても、ずるずると堕ちてゆくのが見えた。
 多くの仲間が朝陽を浴び大通りを歩く姿がまぶしい。ほんの今まで自分もこのメインストリートをまっしぐらに進んでいたのに、離れると別世界に変わる。伏し目がちに羨ましい光景を見てしまう。そこで一つ横の裏通りを歩くか、時刻をずらす。白昼は異邦人の素振りができても、夜は三三五五の仲間とすれ違う。
 一年経てば、浮き浮き顔の富士子も、楽しげな群れに発見した。明るいTシャツには肉体がはちきれんばかりに迫り、大人の化粧が薄っすらと艶めかしい。近づけば懐かしい会話もできようが、貴い思い出をあっさりと清算したくない。思い出は、木枯らしに吹かれるあかぎれのように痛むが、それはそれで宝だ。慰めに自分たちの思い出をよしよしされても、傷はむず痒く痛むばかりだ。富士子の周りには、精悍な男たちが輪舞するようにストリートパーフォマンスだ。
「選ぶのは私の方よ。物心の誠意を貢いで下さいな。最優秀の方を選ぶコンペの最中なのよ」
 華麗な動きに映画、それもポルノシネマまでが被って見える。あくまでも想像の世界で、目の眩む光景を見せられたのは一度だけなのに、残り火がいよいよ強く燃える。あるいは残り火を確かめたくて、街にふらふら出たのかもしれない。もはや愛しているとか、愛されたいという鬩ぎ合いより、一連の思い出を大事宝に抱えている。極限のシナリオで富士子が慕い来ても、信輔は思い出のアルバムの方を大事にしただろう。
 目的もなくさまよえば、暇を持て余す。夕暮れまで時間潰しが本音とは、高級な娼婦に似た誇りと悲しみが体から漂う。それに広大な街ならともかく馴染みの地なら、すぐに隅々まで行き当たる。逆にあいつらの視界を避けようとすれば、完全犯罪の逃亡者のように活動囲を狭めねばならない。
「専門学校にでも行ったら」
 親と子はどちらから言い出すでもなく、建築専門学校へ通うことになった。生活には中心軸が要る。数学や物理学は好きだったから、建築学を究めるのは興味が湧いた。もし箱いじりの癖なんか持たなかったら、もっと早くから建築学へ直行していただろう。しかし放課後から夕暮れまでは、足がさまよった。心が満たされる場を求めた。
 「それは富士子との出逢いだ」と親友は好意的に解釈してくれる。しかし別れを観念した今となっては、富士子とは関係ない場を心は求めた。
 将棋会館。なあんだと笑ってはいけない。純情な少年時代に幸せと誇りを感じていた場所である。自分が自分であることを、そして強い自分を確かめられる唯一の場である。腐り縮こまった自分が矢張り鯛だと大きな顔ができる世界だ。赤い舌を鏡の前でべろりと出せる。短い歩幅でさまよった挙げ句、思い起こした憩いの世界だ。
 凌ぎを削る将棋会館は大通りのビル二階にあり、駒音がぱちぱち響く。もし音を求める鋭い芸術家がここにしばらく居れば、アットランダムな駒音から作曲のモチーフを得ることができるだろう。というのもプロ棋士を目指す若者が、ここかしこに陣取り、またプロの夢破れた大人も、「新機軸ならまけないよ」と胸を張る。それらの心意気が生き生きした駒の響きになっているからだ。週に一度のペースで通い続けた三ヶ月目の夕刻だ。
「一局だったら指してあげますよ。」
 山口七段は、もの憂そうな信輔を見て、同情が湧いた。山口は新聞棋戦にも登場する新進気鋭の棋士だが、自分の苦しかった修業時代を懐かしみ立ち寄った。
「それではお願いします」
 信輔は深々と礼をした。山口七段の才覚を知っていながら、互角の平手でお願いした。プロ棋士山口は、眉間に皺を寄せた。
「わざわざ名乗ることはあるまい。自分を知らないような素人は一蹴してやれ」 高飛車な気持ちは指し手に表れ、ぐいぐいと信輔の陣地を攻め込んだ。その強気な戦法は、どうせ相手は大した手など出して来ないという予想の裏返しである。信輔はずるずる押されながらも、一瞬の隙を突き逆転勝ちを収めた。山口七段は攻めが単調になった分、受けに回った時も単調なリズムを繰り返した。
「なかなか強いですね。あと一局指しましょう」
 プロ棋士は平常心の顔を作り直した。信輔は二局目も勝つのは厳しいと感じていたが、持てる力を尽くした。我ながら久し振りの全力発揮に、喜びとともに疲れを感じた。そして額の右側に違和感を覚え、目をしばらく閉じると、久方振りの箱であった。なぜに今頃と思いながら、その箱の中をよく見ると、中学時代に愛用した駒とその手順書が出たり入ったりしている。ラジオ体操の屈伸運動のように、定跡や基本戦法が思い出箱から出入りを繰り返す。また局面に応じて新戦法が続々と現れるので懐かしくもおもしろいが、箱の存在が気になる。
「盤面に集中して、しっかり指してくださいよ」
と山口七段から注意され、目を見開いていたがあっけなく土俵を割った。
「また次の機会にご指導ください」
「ええ、とにかく一局目は強かったですね。感心しました」
「偶々です」と言いかけて、有難うございましたと深く礼をした。
 信輔は大通りを一歩一歩噛みしめながら歩いた。放っておくと宙に浮いてしまいそうなほど嬉しかった。プロ棋士に勝ったこと以上に、すっかり眠っていた箱が目を覚ましたからだ。信号待ちで目を瞑ると、たった今指したばかりの棋譜が箱から顔を出した。
「この調子で腕を磨けば、プロ並みに本当に強くなれる」
 横着な願望がふつふつと湧き上げる。それは青い志であるが、自分のことだから、次がどうなるかは予感できた。
 自室に籠もりノートを黙読すると、絶好調の箱が飛び出し秘書になって覚えてくれている。さらに深呼吸すると箱の表面がめくれ、今から学校の復習しようかと思っていたページが現れた。徐に要点を記すと知恵のエキスは自然に箱へと仕舞われる。
 翌朝から教室の最前列で授業を聴いた。しんがりの指定席からいきなり第一列に躍り出たのだから、元気の良さに我ながら驚いた。足が一番前へと自然に動いたのだ。
 建築学の中山先生は目を丸くしながら、やる気の芽生えた生徒を見据えた。そこは建築が専門とあって、バランス感覚と安定感はピカ一だ。
「立川信輔君 昨日の授業の要点を掻い摘んで話してください」
 いきなりの検問はにこやかであった。信輔の耳奧には、既に記憶の小箱が迫り出している。格好を付けるかのように、教科書と分厚いノートは閉じている。ここで目を瞑れば、中学校の校庭が広がるにちがいない。しかし期待し過ぎると、箱の中身が専門学校から中学校へ、すこんと入れ替わる恐れがある。ただし杞憂を超えて、昨日の要点をさらさらと述べられた。目の前に建築の大家が笑顔で聳えていてくださる。
「よくできましたね。今日はその続きを始めましょう」
 目の前の生徒はすごく気になる。信輔が殆ど筆記をしないので、翌日も質問を投げた。すると再びすらすらと答えたので、中山先生は軽く誉めた。授業中に要点をまとめる力があり、予習もしっかりやっていると察した。
「資格試験で合格できるように頑張ってください。みんなもです」
と中山先生の明るい声が教室に轟いた。
 一科目の単品勝負なら得意とするところだ。二つ以上の科目が複雑に絡み始めると減速する。信輔は「専門学校へ通えよ」と背を押してくれた父母に感謝した。でくの坊と言われても、自分は一つの道しか進めない。あの好きな将棋も月に一回とストイックに絞り、家路を急いだ。放浪なんて目的を失った者がやることさ。軽やかな足取りに、街はシンプルで美しい。
 日曜日の夕食は家族四人の寄せ鍋で、父は酒の勢いで普段は重い口を開く。
「一つのことに打ち込むのは善い事だ。不器用でもその道しかない。一点に集中すれば、白い紙に新しいエッフェル搭やエンパイアステートビルを建てられる」
「お父さんは大工さんだから、夢があるんだよ。あんまり喋らないけど、お前にその夢を実現して欲しいんだよ」
「俺には俺の夢があるさ。信輔の夢もいつか聞かせて欲しいけれど、夢はお前のものさ。実現したら教えてくれ。お母さんとお祝いに駆けつけるさ」
「あなたの夢を信輔に実らせて貰いたいんでしょう。だったら詳しく伝えなきゃ」
 この一年の試行錯誤の中でも、両親は何一つ注文を出さなかった。見守っているという素振りすら出さず、つっけんどんでさえあった。ところが今宵は何かを感じて、お祭り騒ぎだ。まるで渡り鳥が一年振りに古巣へ舞い戻り、親鳥ともども羽を擦りあって喜んでいる。 
 「お父さんはね、釘打ちにかけては天下一品なんだよ。親方から『それだけ頑丈でしかもスマートに釘が打てるんだから、実務より設計の方もやってみたら』と勧められた。新婚時代のことだ。ところが一カ月後にあっさり断り、生涯釘打ちをやらせてくださいと意地を張った。親方は合点が行かなかったが、ずっと雇って下さり、今はその長男さんの元で働かせて貰っている。急所に正しく美しく釘を打ち込む技量は、あちこちから弟子入りがあるほどだが、見ての通り我が家はずっと貧乏暮らしさ。
 私は我慢ができなくなり、『設計図も描いて下さいよ。子供たちにも良い服を着させてやりたいし、家族揃ってレストランに行きたいよ』と訴えた。お父さんはずっと俯いていたが、やってみるよと返した。
 一カ月間は嵐を進むヨットのように、心を揺らしながら待った。
「設計図を描こうとしたら、線上から釘が飛び出して来るんだ」
「映画の見過ぎでしょうが」
と冗談を言いかけて、お父さんの涙が光った。
「釘の幻は俺の習癖で、個人的なものだ。信輔は俺を乗り越えてくれる。だって健康で明るいお前の血が入っているからだ」
 私たちは信ちゃんの成長を楽しみに、薄氷を踏む思いを抱き続けた。学校で成績が良いと聞いては抱き合って喜び、進学を断念した時は、羽を剥がれた鳥のように悲しんだ。
「今日は飛翔する羽ができた」とお父さんが告げるので、赤飯を炊いてお祝いだ。どうしてわかるのと尋ねたいのは山々だけど、お父さんの勘なの。信輔の目の光り方でわかるのだそうだよ」
 職人の炯眼で、釘一本の寸鉄詩だ。信輔は心で礼を言い、黙々と食べた。
 その夜も父は独り釘を見詰めていた。箱から優れたものを選っては並べる。明日打ち込むもので急所には良い釘をと考え、しゅしゅと軽く研ぐ。

 専門学校での勉学は順調に進む。しかしどこか急かされる気持ちが付きまとった。あの小箱が開いたからには行く所まで行かなければ済まない。
 母は時折、美しい苦労話をささやく。
「お父さんはね、釘を見ていると色々な設計図ばかりか、完成の建物まで見えて来るんだって。でも生涯、一釘師なのね。竣工日にはみんなと遅くまで賑わい、翌日は休んで街歩き。今まで建てた家を一軒一軒と見歩いて、感想や問題点をメモするんだよ。メモはおばあちゃんから仕込まれたそうで、出来映えから、風雪に耐え人様が暮らしている光景を観察だ。澄んだ目が怖い時がある。私は「お疲れ様」と銚子を二本揃え、お前達のことやら世間話を楽しくするんだ」
 振り返る顔は幸せそうだ。過去がわかるにつれ未来が見える。偏屈な釘への執念が箱へと受け継がれたのだろう。この箱がまたもや色づき、破綻を招くのか。
 その時は回り回って釘師かな
 俳句をひねりながら胸騒ぎ。成績は鰻上りで、何しろ科目は単品勝負だから、十八番の小箱に専門知識が続々と舞い込む。遊びの一つも覚えれば、のめり込みは避けられよう。電車でも喫茶店でも、目を瞑れば箱の棚卸し在庫の確認ばかりだ。
 ところが帰り路では、遥か東の方面に富士子たちの世界がいやでも見える。見えないように項垂れると、肩に何かが当たる。つむじ風かと振り返ると中田晴美だいる。自分の顔が赤らむのがわかるから、小走りに逃げる。足音が追ってくるのを聞いていると、今度は手が肩にぽおんと乗った。晴美は小柄だから、拳を精一杯上げ肩に乗るや、もう離しませんよと軟着陸させた。
「急がれているんでしょう。いつか勉強を教えてください。もうじきテストでしょう。うちのお兄ちゃんが「学ぶより真似よ。一番できる人を真似たら良い」と勧めるから、それなら名実ともに信ちゃんでしょう。しかし月とスッポンと笑われるに決まっているから、万勇を決してのトライです。肩に置く手が震えていたでしょう」
 こぼれんばかりの笑みに、信輔は幸せになった。異性から真顔で誉められるのは生まれて初めてだ。しかも延々と続くので、どうせ成績をイージーに上げたいという魂胆だろうと勘ぐりたくなる。晴美に聞き正せば、巧言のなかに一分の我欲がひそむ心模様を告げるだろう。いや我欲なら他人のことを言う前に、酒瓶から一滴、一滴と零れ出るように、自分のはらわたにも蠢いている。それより、これより自分を誉めてくれるのが嬉しい。
「記憶が良いと誉めてくれるけど、それ以上考えることができないんです。だから教わった内容をできるだけ忠実に覚えようとしたまでです。貧乏症です」
「まあ謙遜なさる所がなお偉い。ところで記憶の秘訣を教えて下さいな。もし一つでもお裾分けして頂いたならば、どんなことでも致しますわ」
 可愛い声が響いた瞬間、信輔の顔がゆがんだ。機微に触れる以上に、調子に乗りすぎて相手の勘所まで侵入してしまった。「どんなことでも」など浮ついた言葉で逆鱗に触れたのかと縮み上がった。
 信輔は晴美の気持ちが手に取るようにわかる。その青い純情さは、こちらが気恥ずかしくなるほどだ。と同時に頭の片隅に箱が現れるのを覚えた。しかも建築知識などすっからかんで、箱は濃いピンクに色づいていく。厭なものが蘇り、一段とねちっこく繰り返される。そりゃ富士子の事は短くも濃厚に思い出される。毎度のことだ。ちえっと舌打ちすれば蝿のように飛んでいく。しかし今は箱全体がピンク色となり、営々と築いて来た道のりがまたもや奈落の底か。父母がなけなしのお金で専門学校へやってくれているのに何たることか。
 信輔は立ち上がり、目を閉じた。箱が視界全体に広がり、その中に自分の体が包まれている。これでまた挫折の憂き目かと観念すると、ピンクの壁はヴェールの柔らかな襞になり、箱の上に積もろうと動く。
 そりゃそうだろう。好きになったのは晴美の方だからと高を括っていると、こちらからも桜色が迫り出す。と同時に肩の力が抜け、軽やかな幸せが、向こうの甘いピンクと触れ合いくななる。初めは外から訪れたピンクが誘い、挑発していたが、今は互角というより競い合うように箱の内外で合流しようとする。
 夢にも蛇足があるならば、桜の彩りに英単語がぴっぴと纏わりついた。十七歳の感傷、大事な宝の未練と吐き捨てた途端
「アイ ラブ ユウ OKは永ちゃんの殺し文句だよ」という囁きとともに、清々しい桜吹雪がぱあっと舞い散る。これで苦々しい過去ともグッドバイさと、目を開くと、晴美の顔がど真ん中にある。
「何だか楽しそうね」
「そうだよ。だからもっと楽しく行こうよ」
 二人は吸い付けられるように深いキッスをした。そこが偶々公園だから愛撫は自然だったし、もし別の所だって唇は結ばれている。
「色の使い方というか、色の成り立ちがわかったよ」
「今まで目を瞑ってばかりいたから、色が恋しくなったのでしょう」
 晴美は信輔の心を見抜いたように言う。
「外の色は、心の色と溶け合い、絵筆によって表現されるという事だ」
「その気持ちはよおくわかるわ。色白の男が実は腹黒、いや膚は焼けて居るけど心は清々しくて純。こんな矛盾も絵の名人は傑作に仕上げます」
 澄んだ声が次々に宝物になり、信輔の小箱に包まれていく。
「苦労して絞り出す色もあるさ。同じ色でも、異なる形が色の価値や意味合いを変えてくれる。それより恋しい心に桜花の方がわかりやすく綺麗だね」
 二人は何度もこの公園で逢った。殊勝にも勉学の情報交換を繰り返し、成績は上々だ。晴美は耳元で教えられた事柄が、乾いたスポンジのように頭に入った。そこで信輔も親しみから、つい我欲を出した。我と言っても可愛い娘を側に置いての構想である。
「建築の設計図を描く時、周りの風景と合った図、いやその風景を引き立たせるような図を描く。建物は建物として十分に機能や役割を持っている。しかし周りから線や面が張り出して、空中で立体を成そうとする時、僕の夢筆が走るんだ。頭の片隅から迸り出る記憶や達人芸を乗せてね。
 ただしこれだけでは白と黒の殺風景な設計図だ。そこで恋しい晴美ちゃんが彩りを加えてくれるんだ。初めに色があり、僕と君でその色を実らせようと線や面を施す。語り合い、確かめ合いながらの創作だから、鞍上人なく鞍下馬なしの一体感だ。
 行き詰まれば、二人でこうして並んで語り、二人の小箱に知恵と愛とやる気が充満するのを待つのさ。何を暢気と笑う人もいるだろう。しかし超スピードの時代こそ、亀の暢気な歩みが壮大な夢を実らせてくれるんだ」
 晴美は静かに肯いた。信輔が立ち上がろうとしても、まだ目を閉じたままである。この笑みを湛えた辛抱強さが、口説きになる。
 二人は晴れて就職し、二年後に結ばれた。公園で語り合った夢は多少のずれはあるが、肝腎なものはゆっくりと実現して行った。

 それからを長く書くと蛇足である。物語にならない。何もかもがごったがえして美しい物語にはほど遠い。「歌謡曲を最後まで唱う者は出世しない」と言われる。歌詞の一番には希望や憧れ、ロマンに゚っている。五番まで進と裏から見た世間が教訓ぽく歌われる。
 だから信輔のそれからは短く留めたい。相思相愛の結婚は貧しさから豊かさへと歩む道である。幸いにも男の子を二人授かった。この子供の成長都とも歩む道程はおおむね順調であり、幸せである。幸せとは目標を達成することと共に、今在るもの、持っているものをいかに楽しく価値あるものとして捉え感じるかである。貧しくとも幸せになれる。豊かであれば、なおさら幸せになれる。いや幸せは貧富を超えた「ものの見方」である。
 立川信輔は建築士であるから、人生を新築のように明るく光に満ちて捉えることができた。しかし表面で何とか明るく有意義に捉えようとする余り、心は暗く塞ぐ時が訪れた。魔が差した。
 何かを求めたり、その気持ちを表現するのを止めた時、転機が訪れる。人は生きていくために、その具体的な手段を見いだし、その人となりに安全と成果を宙で確かめながら行動に移す。それが端から見れば、何かを求めているように見える。
 信輔の場合、技術の高まりとともに仕事は順調で、家庭にも潤いと膨らみが生まれた。すきま風がひゅうひゅうの時代に比べれば、晴美にとっても極楽に近い幸せである。信輔は今の道程を一歩一歩、一日一日と進めば良かった。悟りを得た修験者が山道を一歩一歩と軽やかにかつ厳粛に進むのに似ている。
 しかし奇蹟的な充実は、巷で右往左往して暮らす者にとっては羨ましい限りである。松村明美は同列の事務所に務めるアルバイトで、信輔の動向を影ながら追い掛けチャンスを窺ってきた。平穏至極の妻帯の男性に一度触れてみたい衝動が、揺さぶって慌てさせてみたいという欲望へと変わる。それは言葉に出すことさえ戒めるべきだと、心の中で押さえれば押さえるほど、本音でけたたましく鳴り響いた。もうこれ以上はこらえきれないわと、開き直った後だけに行動は大胆になる。
「今夜はえらく寒いから、屋台でおでんでも食べて行かれませんか。私だって貯金が少しありますから、割り勘で行きましょうよ」
 あどけない女性は本で学び、緻密にあれこれと算段した上であるから、声のかけ方も洗練され角がない。
 信輔は帰り道の背後からであったので、唖然として手がかじかんだ。
「そうだね。ちょっとだけ寄ってみようか」
 妻の晴美が後ろ髪を引いているようだ。晴美と出逢った時のわくわくした気分が明美に蘇るようだ。名前もよく似ている。だから引きずられるようだが、トロッコ電車に乗った爽快感が募る。三カ月と短くも甘くて深い関わりは、今まで来た道が何もかも一気に崩れるようだ。それでも平然と暮らしていけると思う矢先に
「私は学生の身ですから、まじめに勉学に戻ろうと思います。母がそうきつく申しました。落ち着いて考えるとその通りです。ずっと年上の妻子ある男性と付き合ってはいけないって。
 あなたが昨夜、お電話された時、母が出て取り次いだでしょう。後で詰問され、何もかも正直に告げました。母はこれからが大事だって言ってくれました。お付き合い中は色々と教えてくださいまして、ありがとうございました。お元気で、さようなら」
「またいつか連絡するよ」
と切ってそのままになる。
 さよならの調子が軽やかで、遠くに駆けて行くようだ。
 三カ月の思い出を細々と振り返るだけで、その倍以上の月日を要した。未練が濃淡を変えながら、所構わず現れる。イージーな所と、残酷にむごたらしく切り離す所は、高校時代の富士子と佳子を合わせて綴られた物語のようだ。
 改めてびっくり箱から、懐かしくも斬新なものが飛び出して来た。それは因縁をこじつけようとしたものでもある。そもそも色恋はどちらかがえらく惚れ、あと一方は好かれることをまず悦び、主導権を握っておれることが得も言われぬほど嬉しい。この余裕から優しく丁寧に時にはアクセサリーなどの贈り物をするとなれば、ぞっこん惚れている側はえらく好かれていると楽観的な判断を下す。相思相愛と思うだけで、いとしさに拍車がかかる。
 もっとも信輔だって、したり顔して恋の駆け引きについて講釈を垂れている場合ではない。確かに好調時には女性にもてもてになるが、何かの弾みに自分が首っ丈になるとどんな手段を使っても二進も三進も行かなくなる。今までは異性に対し、やや雑に扱って来た反動が、みんなでぶつぶつ言いながら集まって来るようなもどかしさを感じる。
 遅ればせながらの懺悔も、高嶺の花には顎をまた一段と上に向けなければならない。
「信輔さんはナイーブなのね。それにどちらかと言えば癒し系にみえますわ。私たち女性は側にいてほっとします」
と誉められた挙げ句
「あなたは私の論文書きにいろいろと加勢をしてくださいます。感謝の意を込めていつか二泊三日の温泉旅行にでも行きたいですわね」
と殊勝な誘いも呟く。建築学の論文締め切りが講師には迫っている。
 本当は星がまばらで、どうしようもない夜に、信輔が見た夢のかけらであろう。うつろな言葉に縋ってゆけば
「私は残酷なものも好きなんです。例えばSMとかね」
「具体的には、あなたはSですか、それともMが好きですか」
と夢の続きで食い下がってみる。
 片思いを続けさせられるのはMの逆風。女性講師にピンチが訪れたら、自分にお助けの出番がきっと来る。仮想の可能性を探りながら、やっと見つけた天空の三日月。
 かぐや姫を連想し、その物語の作者に思いを馳せた時、ああ、この方も苦しい片思いから美しい恋姫物語を創られたのだと、透明な空気の中に同情が湧く。どうしようもないピンチこそ、地獄に落とされての徘徊こそチャンスの目。恋なんてたかだか遊びじゃあないか。妻に内緒の浮気心ではないか。
 じっと手を見てもじもじと指をさする。そんなどうしようもない私を晴美は見ていないようにして見ている。これまでも半信半疑でずっと見てきてくれたのだろう。それなら私自身は晴美をまごころを持って見守ってきただろかと、良心の呵責に責められる。いや私の知らない間に、晴美もささやかな幸せを持っていたはずだ。これからも有る。
 その一齣、一齣がと考えようとすると、駒はべったりとした平面から、立体へと膨れる。のし上がると言ってよいほど、駒は拡張し変身し、我が家、そしてこの居間へと変わる。居間におけるたった一齣になるか。思い出に耽るのを止めれば、現実がすべてとなる。
 しかしぽかぽか陽気の春の日は眠りに誘われ、思い出の小箱がぞろぞろと現れる。引き出しに仕舞ったかと思えば、また新たな取り合わせで出現する。うたた寝も片目だけはうっすらと開けているから、庭の景色や家族の有り様も箱の中へと吸い込まれていく。
 ピカソのように特異な構図で描かなくても、人は多重人格でまだら模様。その時、その場の状況で能面を被り役を務め、美まで醸し出す。そうそう悪女は深情けだし、美を好む。いや美に染まると一緒に悪にも染まるか。善はしっかり研究しなきゃわからぬし、そもそも完全には身に付かぬ。善の世界は俗人にとってはユートピアで、鏡ではあるが、善だらけでは近寄り難しか。
 それに虚無。箱は白と黒。彩りを加えても根本は白と黒、そう言ってしまえばあっさり過ぎて色気なしか。紀貫之は、人生は掌の水に月を映して見るようだと和歌に詠む。この歌人は「ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらん」とも詠っていたっけ。美しい花に虚無の風。よく眺めればいづれの歌にも同じ心は通いゆくか。白と黒の相克の微妙さの中に、桜が咲き光が差し、心が動く。
 これらの秀歌による感動もまた、春の宵に心の一齣となり、箱の中で輝く。

 箱には悲喜こもごもが詰められる。別に信輔がにやりと誇らしげに語るまでもなく、人は誰もが記憶の箱、即ち心を持つ。箱にはよくのこんなにたくさんの量が入っていると、我ながら感心しつつ、そこはどっこい記憶は印象として煎餅よりも薄っぺらく、身を寄り添いながら収まる。もし新たな感動が算入した折は、箱はまるで空っぽであるかのように、清々しく新客を招き入れる。ちょっと前までの、あのぎゅうぎゅう詰めのきしみは何だったかしら。
 なんぼでも箱に入る。それでいて箱には何もない。もう幕が近いので、そう詭弁は弄すまい。箱は宇宙のように広く、芥子粒よりも小さい。この両面もまた詭弁であるか。
 ただ信輔がそっと覗いて振り返る度に、箱には富士子の思い出と、晴美とは出逢いからの物語が中心に座ってこちらを見つめる。見守ってくれているといった方が適切だ。晴美は我が妻として、今も食卓でにこやかに話しかける。箱はなぜか出逢いの頃の物語だ。そして二つの物語が新たな劇を紡ぎながら宝物を箱の中へと贈り込んでくれる。
 箱には実は何もないのかもしれない。しかし何もかもがある。

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