井山裕太6冠

宮川俊朗



 井山裕太さんは史上初めての囲碁6冠に輝く。
「どうしてそんなに強いのか」は、ライバルの棋士たちが最も知りたいところだ。理由を解明できず、わからないから抜群に強い。
 弱冠23歳で、インターネット碁で鍛えた。師匠の石井九段とは、千局以上もネット碁を打ってもらったと聞く。
「年に3局ぐらいしか打ってもらえない。」
と従来の内弟子たちがこぼすのとは、隔世の感がある。
 弟子に手の内を知らせるのは、自分の地位を危うくすると、師匠は余り打ってやらなかった。自分自身がそうされたように、弟子には秘術を教えない。
「芸は盗んで得るもの。金で買うもの」
とは、技術、システム、芸術一般に通じる。
 井山さんは寛大な石井師匠に恵まれた。石井九段は、自分ができなかった夢や目標を井山さんに託す。
 井山6冠は、便利さとスピードの速さを誇るインターネットで囲碁を修行し、今や世界の棋士を相手に腕を磨いている。インターネットでの相手の名や棋譜は、企業秘密である。

 本来は右利きである。それを「碁を打つ時は左手で」と指導したのは祖父だ。左の手や指を使うと、右脳が鍛えられる。右脳は創造力の源で、定型的な左脳と一緒に働けば、棋力が増す。通常の棋士は左脳が主体で、思考方法や技術がパターン化されやすい。ライバルたちと同じような考えの土俵で戦えば、勝率は上がらない。
 井山6冠は、創造的な右脳を駆使し、ユニークかつ大胆な手を繰り出す。
 普通の棋士は
「思いついたAかBのどちらの手が良いか」
を懸命に考える。
 井山さんは「A、B以外のCを求めて考える。」
と手の内を明かす。
 今ある石を中心に考えるのではなく、空白の可能性を求め、自分がこう打ちたいという構想や手を実現するために、CやD,そしてEを考え求める。対局時間は同じで、AやBの手を考えるだけで大変だろうと思われるが、CやDがあればこそ、AやBの価値が生きてくる。
 相手はAとBの手に留まっている、自分もAとBについては考えながら、ひそかにCを考え、打つタイミングを狙う。コンピュータ並みのスピードと記憶力、その前に志がある。

 先輩の趙治勲大三冠が
「井山さんの頭には、二つの碁盤がある。」と褒め称える。
「攻めるならAかBか 守るならCかDか」と同時平行で考える頭を指すのだろう。

日頃の鍛錬が支える。7冠制覇も夢ではない。

 井山6冠を取り巻く日本の囲碁棋士についての感想を書いてみます。
趙治勲大三冠
「タイトルを取るまでは、故国韓国には帰らない。」
と宣言し、大3冠(名人、棋聖、本因坊)に永く君臨した努力と執念の天才棋士です。
 修業の途中で交通事故に遭い、骨折したが
「麻酔の手術では、戦う頭に影響する」
と麻酔無しで手術したのは、日本医学史上でも極めて稀な実例である。
日本伝統の定石や定跡を学びつつ、それを超える手を探求し、ギリギリの凌ぎは対戦相手以上驚きを与える以上に、囲碁ファンを魅了した。
一般に敵陣に打ち込む場合、できるだけ早いタイミングで敵陣が未完成の状態を狙う。ところが趙治勲は、敵陣が完成するや否やのギリギリで、ドカンと打ち込み手に汗握る攻防を展開する。決戦の一手には2時間もかけ、敢えて秒読みに追い込まれながら戦う。
実は厳しい秒読みを含めた短時間の対局も得意で、囲碁は本来、19路盤だが、11路や13路盤でもひそかに修練を積み、棋力を高めた。

山下敬吾
攻撃力抜群で、縦横2次元の攻め合いになれば、すべての石を集中して勝利を目指す。逆の考え方で、受けも上手だが、局面を何とか攻め合いに持ち込もうとする余り、曖昧さが続く持久戦はやや苦手である。
井山さんの一面が、実は駆け引きに長けたマキュアベリストであることを見抜けば、同じ土俵で戦うことができる。ポーカー・フェイスも時には大事だ。

張 翔
読みの正確さとスピードにかけては当代一だ。ところが井山さんとの戦いでは、読みを狭く絞り込み過ぎで大局観を見失い、後塵を拝した。目の前の局面を得意の顕微鏡をもって探求しようと血眼になる。時には望遠鏡を使って、全体をシンプルに捉える必要がある。ガリバー流で、大小、臨機応変で行こう。

高尾紳路
天才藤沢秀行の一番弟子で、囲碁とともにギャンブルとお酒が大好きだ。師匠譲りの天才肌の妙手を繰り出すが、なぜか大きなタイトルには届かない。基本的な定石や定跡をしっかり勉強した上で、オリジナルの妙手を繰り出せば、勝率はもっと上がる。
いつまでも秀行の愛弟子を誇るより、守破離でオリジナルを確立する事こそ、師匠への恩返しとなる。

羽根直樹
情熱家で人一倍努力の棋士。攻守のいずれにも長け、劣勢でも動じずに粘り抜き、重厚な名手を放つ。自ら仕掛けることは、井山さんにやや比べて少ないが、劣勢からの強靭な挽回に自信を持つ。先手で軽やかな打ち回しも並行すれば、鬼に金棒となる。
大器晩成型だ。

エッセーを書き綴っていると、ジャンボ尾崎がエージシュートを果たしたというニュースが飛び込んで来た。

 ジャンボ尾崎
 尾崎将司選手は、66歳になられるが、現役のプロゴルファーとして活躍中だ。現役とは、トーナメント選手権に出場し、資格(!)のあるシニア選手権には1回たりとも顔を出さない。年間20回近く、コンスタントにトーナメント選手権に出場し、大半が予選落ちだと聞く。それでも予選から本選出場へと挑戦する。
こんな尾崎選手がフットライトを浴びる日が訪れる。エージ・シュートを成し遂げたのだ。66歳で、公式戦の1日目に、62のスコアを出し、エージ・シュートの見事な達成で、しかもアンダーでの達成である。その中でも300ヤードのコースを、ワンオンでバーディを取った。腰痛を押しての大活躍である。もし腰痛がなければ、何度も優勝を重ねていただろう。
(勝負に「たら」、「れば」は禁句であるが)
往年のジャンボ尾崎の派手で格好良い勝ち振りは、ゴルフファンなら誰でも知っている。公式戦でのエージ・シュートは、ライバルの青木功選手以来だから、ここでも競争心が生きている。
さすがに二日目以降は、持病の腰痛が出て、久しぶりの優勝には届かなかった。それでもジャンボ尾崎のエージ・シュートにはみんなが感激した。66歳にしてゴルフに精進し、練習に励むのは、勝利への執念、ゴルフへの愛情、「ゴルフ大好き」のチャレンジ精神が、赤々と燃えているからだ。何かの目標を持ってがんばれば、報われるし成果を得られる。朝刊で笑顔の写真を見ながら、熱い魂を感じた。

横文字
 職場でジョブ・シャドウとプレシャス・ファーザーズデイの行事があった。前者は高校生が職場を訪問して、どのような働きぶりをしているかを知る社会科見学だ。後者は「自分のお父さんが職場でどのように働き、活躍しているか」を机の側で観察する体験学習だ。「お父さんはいかに輝いているか」を肌で感じるというので、「プレシャス」という冠がついた。
 父兄会の逆で、子どもがお父さんの働きぶりを観察する試みだ。考えてみれば、父兄会も微妙な言葉で、なぜお父さんと兄が学校見学に行かなければ行けないのだろうか。殆どの家庭では、お母さんが参観しているはずだ。そのためかPTAなどと横文字を使うようになった。ペアレンツ(両親)、ティーチャー(先生)、アダルト(生徒)の共同作業で、英米文化の賜物だろう。
 ところがジョブ・シャドウとなれば、辞書を引くか、想像力を相当に働かせなければいけない。情報化社会にあって、ジョブ(仕事)について言葉では知っているが、具体的に働く職場を見て聞いて知ろうというチャレンジだ。
仕事は見るだけではよくわからない。仕事の表面を見るので精一杯だ。あるいは質問や意見交流でシャドーの部分を探求し、世界を広めようという試みかもしれない。いずれの意味も兼ねているのだろう。働く我々だって、シャドーの領域はいつまでたってもわからない。早くシャドーの多くを把握した者が勝ちで、出世する。いつまでもシャドーに覆われていては、五里霧中みたいで埒が明かない。
 それはともかく、近頃、横文字が増えた、横文字だらけという印象が強い。シャドー内閣、アイシャドウは当然にして、シャドーボクシングは、一人練習で、野球で言う、バッターの素振りだ。だったら野球もシャドー・スイングと表現する者も現れよう。
 インターネットの普及で、横文字が一挙に増えた。そもそもパソコンの入力は、ローマ字入力だし、ひらがな入力する人も画面上は横書きが殆どだろう。縦書きだとどうしても全体像が見えない。ビジネス文書が、A4の横書きとあっては、頭の構造が横書き、そして横文字主体となり、縦は何となく違和感を覚えるようになる。大人の我々がそうだから、幼少の頃からパソコンと英会話になじんだ次の世代は、「横世界こそ中心」と思うにちがいない。
 明治維新では、欧米文化、文明を日本に取り入れるのに苦労し努力した。ドイツをそのまま横文字にするのではなく、独逸と訳した。ヨーロッパでも独立した一匹狼の雰囲気を感じての音訳だが、言いえて妙である。それからの独逸の行動を予感させ、訳者は森鴎外かなとも想像される。鴎外は、鴎の外、長州藩のすぐ横の、津和野出身である。明治政府の中枢にいながら、文筆家として文明批判をしつつ偉大な作品を残した。まさに鴎の外、外の鴎であり、独立独歩、本当のことを考えようとする、明治最初で最高の知識人である。群れていては、真実はつかめない。漱石のように、大衆にわかりやすく親しみやすい作品を狙わなかったのは、鴎外の生き様だ。
独逸はヒットラーを擁して孤高の世界構築を目指した。
日本語、漢字を使っての和訳こそ意味や価値がわかる。単なる音訳では、わけがわからないまま事を進める、そこでよくわからない状態が続くというより、わからない世界に住み続けることになる。
「初めに言葉ありき」とバイブルにある。
今こそ言葉を究め、真実を探求する人間的な作業が求められる。ニーチェの説く「人間的な余りに人間的な」とは、言葉の探求、構築である。横文字、英語ばかりでは、日本人でなくなる。日本人であってこそ、グローバルな世界に生きられる。

タクシードライバー
夜、遅くなるとタクシーに乗る。月に2回ぐらいだが、同じ年配の運転士さんだと、ついつい話をする。私はもともと月刊誌のインタビュー記事を書いていたので、ついつい話しかけてしまい、反応が良いと自分のことも話すと乗ってこられる。
ある運転士は、休日はスポーツもしないで散歩ぐらいだが、趣味は宝くじで、小遣い銭の半分を使っている。私もロト6は時々買うので、意気投合して賭けについての話で盛り上がる。
「ロト7は買いません。6が当りもしないのに7個はちょっと無理ですよ。何もかもは買えませんからね。」
宝くじの前は、パチンコに凝っていたそうで、時間的にも金銭的にも宝くじへと流れる人が多い。実は私もその一人だから、その心理プロセスはよくわかる。
「キャリーオーバーしたら、必ず買いますよ。八十歳ぐらいまでの一生で一度、当るかどうかですが、夢を持っていると仕事に張りがでますよ。」
長年の無事故運転は、夢の賜物か。
「タクシーの運転をしていると、宝くじ売り場が目に付くでしょうから、誘惑も多いですね。我々みたいにわざわざ、店に行かなくて良いですから、便利ですね。」
と思ったが、余計なことのようで、あと一歩の宝くじ戦史を聴いていた。

 タクシー運転士は、通常、60歳で定年、それから嘱託で65歳まで再契約だ。
先日、乗せてもらった運転士さんは、ちょうど65歳の誕生日を迎え
「更に1年、普通の乗務員として契約させてもらいました。65歳からだとせいぜいアルバイトが多いのです。月に10乗務ですが、私は月に16乗務です。」
「すごいですね。」
と思わず、褒めると
「60歳で辞めてしまう人も多いなかで、年金も出るのによく65からも働きますね、と言われます。私は働く限り一生懸命で、誰よりも走行時間と距離が長く、売上も上位です。今の若い人は、余り走行せず、じっと連絡を待っている場合が多いですね。」 
 努力の方だ。
「一日中、車にいたら喉がカラカラですよ。500CCのペットボトルを5本飲みます。ペットボトルに水を入れ、寝る時にクーラーの部屋に入れておくと、朝ちょうど良い温度になっています。熱くもなく冷えすぎもせず、500CCを起きてすぐ飲みます。」
 水温は体温と同じだ。健康管理にも注意を払っておられる。




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