高倉 健

宮川俊朗


 高倉 健
        宮川俊朗
高倉健は8月上映の映画に向けて、日夜務めておられる。正月の新聞で、ご本人の抱負を読んだ。ある写真に感動を覚え、その映画出演を決意した。
東北地方大震災で、少年がペットボトル2個抱えて、瓦礫の中をうつむきながら歩いている。私も似たような光景は、新聞やテレビで何度となく見た。水道は破壊され、近くにはお店もない。ペットボトルは、病気か怪我に伏していり家族に届ける水であろうか。本当は美味しいご馳走を持って行きたいが、今は水しかない。これとても贅沢は言えない、貴重でありがたい水だと、少年は知っている。
この写真から感動を受け、高倉健さんは映画制作に情熱を燃やす。
数々の賞を受け、出演は世界各国から引き手あまただ。この6年間、本当に良い映画に出たいと断ってきた。
しかし東北地方大震災、それにもう80歳。
「いろいろ選んでいる場合ではない。私が持っている時間は、限られている。」
と告白している。
「今まで一度も出たことがない、フランス映画にも出てみたいです。」
と次なる抱負も披露する。

「網走番外地」シリーズは、私もよく観た。もうじき殴りこみの決闘があるなというわくわく感がたまらない。マンネリではないかと、酷評されることもあったが、映画館内は多くのお客さんの熱気でムンムンだ。
「健さん、格好よい。」
 演劇でもないのに、スクリーンに歓声が飛ぶ。

 その後、やくざ映画ばかりでなく芸術映画、社会派映画にも熱演し、芸の幅を広げた。「幸せの黄色ハンカチ」は、出獄者が妻の待つ家に帰る物語だ。
「僕を待っているなら、黄色ハンカチを掲げてくれ。」
と手紙を贈る。
「もうだめだろうな。」
と落ち込む旅路に、武田鉄也と桃井かおりのカップルが、強く支える。
 残された妻は、寂しさに耐えかねて、再婚する場合が多い。刑の期間が長いと状況は難しくなる。数年後の幸せより、今日の生活が逼迫している。夜は長い。
「離婚届にサインしてください。」
とサイン依頼の封書が届けられる服役者の姿は、ドストエフスキーの「死人の家の記録」に生々しい。再婚した妻の昼、夜を想像するのは、服役者の心にとって余りに過酷であり、実際の体罰よりも何倍も重い。手紙が来た日は、眠れない。
 高倉健が演ずる男も期待はしていない。自分の家を見たら、絶望は決定的になるから、できれば避けて通りたい。そこをラブラブのカップル、本当は心優しい二人は、背中を押す。
 黄色いハンカチは、ロープにいっぱい輝いている。
 山田洋二監督と高倉健さんたちが創った名作である。

 高倉健は、例えば貧しい人を演ずる時は、粗末なアパートに移り住み、3ヶ月から粗食に甘んじるという。「その人の身になって生活してみないと、わからない。」と内心を語っていた。
 福岡県中間市生まれの川筋気質。
「男は黙ってビールを飲む。」
というヒット・コマーシャルもあった。
 今回は大震災を思って、役に徹しておられるのだろう。
 8月の上映が楽しみだ。

 些細なこと
 職場の新入社員から年賀状が届いた。スポーツに堪能で、国体にも出場したことのある心身ともに健康なフレッシュ・ウーマンである。
「今年もよろしくお願いします。」
という月並みな文面であったが、やる気と初々しさに満ち溢れている。
「しっかり頑張りましょう。」
と私も遅れながら、返事を書いた。
 1年間は順調で、職場では場所の上からは遠く離れた存在であったが、元気さを見守り、応援する気持ちでいた。その旨をこちらからの年賀状に書いた。
 ところがいつまで経っても、返事が来ない。そもそも彼女から元旦に届くものと思っていたので、こちらも早めに書いたのだ。
 私が彼女ばかり応援し、気にしているのを見破れまいと、忘年会の席上で、他の女性たちに
「あの人はまだ基本ができていないよ。」
と心とは逆のコメントを出した。
 この批判が彼女の耳に入ったのだろう。
いつまで経っても年賀状は来ないし、今年になって職場では妙によそよそしい。
ビジネスの基本に徹してか、無駄な言葉は省いて用件のみだ。しかもその瞬間を周りの同僚は、聞き耳を澄ましてしっかり観ている。
「本当はどうなのでしょう。」
という視線を感じる。
 余計な逆説を言わなければ良かったと、日々悔やむ。深みに入る前に、あっさり清算できたから却って良かったのだと、心に言い聞かせようとしてなかなか難しい。難しい相手をつくってしまった。
 もの言えば 唇寒し 秋の風
 心も寒い。本当は暖かいのだが、冷たい透明な風が吹く。
                          
落ち葉
 冬の寒い日、雨が降り止んだ夜、道を歩くと葉が落ちている。広葉樹で幅の広い葉だが、風に吹かれてとうとう落ちてしまった。雨が降りかかり、葉はまるでアイロンをかけられたように、大きく体を広げて地面にある。濡れ落ち葉とはよく言ったもので、もう動くことさえできない。万歳をしているようで、散歩のついでに踏むこともできない。
 ベランダから夜空を見上げ、明日になれば青空を見る。片面だけでも天を仰げたから、本望なりや。ちりぢりに砕けるまで、じっと天を眺めているか。
 あまりのあっぱれさに、しばらく見とれた。

 風邪
 風邪の予防は手洗い、うがい、マスクが一番と言う。その前に予防接種が大事で、東北大震災の後は国民が予防に敏感になっているので、接種をする人が増えている。
 寺田虎彦の「災害は忘れた頃にやってくる。」は有名な箴言だが、本当に大災害が来ると、災害の何もかもが襲ってくるような恐怖に囚われる。「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、予防もほどほどにしないと萎縮してしまい、人生が詰まらなくなる。末期の精神は大事で、明日はわが身と想像するのは大切だが、過剰になると、楽しい旅行さえ危険がいっぱいで止めた方がリスクはないと思い始める。もちろん飛行機に乗らなければ、落ちる心配はないが、本当に行きたいハワイやヨーロッパは永遠に行けない羽目になる。リスク管理は徹底して考えるとともに、行動はほどほどという精神も大事であろう。
 ところで風邪の予防は、湿気を取るのが大事と親友から教えられた。部屋がカラカラに乾燥しすぎると、喉もカラカラになり風邪の細菌が蔓延する。ビジネスホテルに泊まる際は、まず湯船にお湯を満たし、蓋をせずにしばらく湯気を出しているのが良い。タオルは濡らしたまま掛けていると、湿気を出す。
 加湿器は便利だが、これを使うのも「過ぎたるは及ばざるがごとし」で一日中かけていて、衣服をカビだらけにした人がいた。折角のリッチな背広がカビだらけになったとこぼしていた。加湿ばかりか、健康も一日にしてならずで、コツコツと積み上げて行ってこそ得られる宝である。心の隙間こそしっかり閉じて風邪を引かぬように、そして冬を楽しみたいと思う。
 
 防寒
 今年の冬は、2回も風邪を引きかけた。それも11月の上旬と下旬で、まだ木枯らしが吹く前である。幸い休まずに済んだが、これでは今シーズン何回引くか、心配になり、うがいと防寒に徹することにした。
 ヒートテックの下着を買ってはくと、足にびしっと決まって寒風が届く隙がない。足は完全密封の状態で、なぜもっと早くはかなかったのかと自省することしきりである。
 おかげで3月初旬まで、ワクチンを打たない割には、風邪を引いていない状態が続くが、冬の実感がないままだ。マスクをし、マフラーでこまめに防寒しているのも加わり、暖房の効いている部屋では、むしろ暑いぐらいだ。
 冬知らず。身を着るような寒さが恋しい。そんな贅沢を言っては、いけないとわかっていながら、冬に触れてひたりたいとわがままな気持ちと戯れている。」
                           
                             
 一期一会
 女性の仲間がお謡いを週に一度、習っている。もう二十年も前からずっとで、二十人もいた弟子たちは今では五人となる。能楽堂で発表会をやるほどに上達したし、個人的にも謡い楽しんでおられる。テレビでお謡いの番組を観るのでも、自分たちが練習した曲ならば、真剣さやおもしろみが違う。
 先生はもう九十二歳にもなり、元気だ。今尚、元気という素敵な境地で、弟子たちの来るのを待っている。囲碁の高段者免許を持って、公民館で励み、教えているらしいが、本領はお謡いである。土地持ちでアパート経営も兼ねているので、裕福だ。
「月謝はいくらでも良いよ。」
と言えば、弟子たちは小遣い銭の中から弾むし、事前の練習にも精が出る。
声を出すのは、体に良いので、みんな元気だ。
ところで二十年のキャリアは、そのまま歳月となり、弟子たちも八十五歳から、先生と同じく九十二歳までの後期高齢者に属する。心は若い。
弟子の一人に聞いてみた。
「先生がどれを謡っても良いと言われる。難しいことは言われず、誉めてくださることが多い。だから恥をかかないようにとみんな、それなりに練習しているのですよ。足が悪い人は、家からタクシーで五千円もかけていくのですが、会えるのを楽しみに生きているのです。人生あとがないと言えば、深刻になりますが、もし辞めればおしまい。もう教えてくれる先生もいないだろうし、今の先生だから気心が知れて、こちらも甘えられます。
 もちろん私たちなりに精一杯、練習はしています。生き甲斐ですね。」
とゆっくり噛み締めるように話してくだせさった。
「辞めればおしまい」は、再就職した私の心に染み渡る。本当にあとがない、背水の陣である。土俵を割ったらおしまい。他に目移りはしがちだが、行けるはずはない。まるで戦場。「人生は狂人の主催になる競技場だ。」とは芥川龍之介の言葉で、狂人とは言いすぎにしても、強者、持ちたる者たちの主催による競争社会であることは、間違いない。弱肉強食、明日はわが身。もっと明るい人生観を育て、抱きたいと思いつつ、日々あくせく生きている。人より余計に良い暮らしを求める余り、自分にとっての極限的な努力、協力をするので、心身ともにすりきれちまっているのか。「程ほどでよい」とする思想に立脚すれば、今の生活に「足るを知り」幸せになれる。幸せはお金や地位でなく、満足度、明るい人生観によるものだと、自分を納得させたい。それでは、水戸黄門の歌にあるように、後から来る者たちに追い越されっぱなしになるだろう。
のっぴきならぬ人生、行けども、行けども辿り着けぬゴール。求め過ぎなのかしら。着の身着のままよりちょっと上の幸せで、老子様のように満足できれば、今が既にゴールで、ゆったりと左団扇になろう。九十歳まで元気で生きられたら、まずは成功、人生の勝利と思えば、謡曲の弟子の方々は、みんな、羨ましいほどの大成功者の方々だ。
私は欲が強すぎるのか。理性を使い、もっと自分を見詰めなおし、立て直したいと思う今日この頃である。この心境も二度と味わえぬ一期一会だ。
何十度目かの春が近くまで来ている。

 付加価値
 ある特急列車は、コーヒーの無料サービスを始めた。
ネーム入り特急に恥じぬようにと、高品質の接客応対に努めていたが、2時間の旅程にはコーヒーが良いと提供を始めた。もともとワゴンサービスの有料で出していたが、少し小さいサイズのカップに、特急料金の中から捻出してさわやかなサービスをスタートした。
 熱いコーヒーは好評だったが、夏にさしかかるとアイスコーヒーが欲しいという要望が出た。アイスコーヒーまで出るとは、お客さまには驚きであり、嬉しい旅となる。
 しかし灼熱の季節でも、「コーヒーはホットに限る」というお客さまもいて、ついにはホットとアイスを両方用意することになった。簡単なおしぼりもあった方が良いという声は、社内からも上がり、サービスは複雑多岐になる。
 「もっと美味しいコーヒーが飲みたい。」
とプロ級のお客さまも現われ、現場は悲鳴を上げる。
 同じ豆からでも、美味しいコーヒーといまいちの味がある。喫茶店で3年ぐらい、修行しなければならぬ領域だ。その境地から、はやる喫茶店が誕生する。その後も血のにじむような試行錯誤の研究と実践が、喫茶店経営を持続させる。
 列車のサービスマンやウーマンには、別世界でとても難しい。そもそも正確な時刻で 
安全運転、乗り心地の良い運行こそ、鉄道の使命である。
 折角、高めたお客さまサービスであったが、止めた。
「熱く美味しいコーヒーをぜひとも飲みながら、会話を交わし、車窓を楽しみたい」とするお客さまには、ワゴンサービスで格別のプロの味を提供することに決めた。
 列車は本来の落ち着きを取り戻し、正々堂々と走る。

                           
 論理思考
 Aは日本人には珍しく論理的思考が得意であった。流れや空気を見ながら仕事をする連中が多い中、Aはしっかり論理を組み立て、計画を提示しながら仕事を進め、上司から評価が高かった。将来有望と自他ともに許す実力を発揮していく。
 しかし仕事が高度になるにつれ、論理だけではうまく行かない。高度とは内容もさることながら、多くの人たち一緒に長い間、進めていく仕事が増えた。先輩やベテラン社員は、昔かたぎで情を大事にし、情にほだされタイプが多かった。
「あの親分の言うことなら頑張ろう。いつも面倒をみてくれ、世話になっているからだ。」
という義理人情に厚い人に、真っ向から論理を振りかざしてはうまくいかない。
「Aさんはやかましい。本当のことがわかっていない。」
と噂が立ち、Aさんは孤立に追い込まれた。
反対意見を白昼堂々と振りかざす連中さえ現れる。今までのしこりが顕在化し、正論さえも疎外される。こうなれば、あれほど高く評価していた上司さえ、疎ましく思い始め頼りにしなくなった。かばえばAの反対派を敵に回すことになる。
 苦節の時代は長い。余り優秀とは思われない連中が出世し、後輩たちも追い抜いてゆく。もう周りに寄り添う人間も少なくなる。言ってみれば落ちこぼればかりが、たかるようなものだが、Aは駆け込み寺の住職になって、苦しい者たちの面倒を見、何とか世に出そうと努めた。論理思考で彼らの針路を希望とともに語るのだが、いつのまにか相手に対する感情が豊かに育っていくのを、我ながら感じた。人生意気に感ずが、やっとわかったような気がする。
 相手あっての自分。相手の考えや心の上で、自分の考えを展開すると喜ばれ、説得できる。先輩らの教えを自分なりに考えてみた。答えはほんの近くにある。相手の心など移り変わりゆく相対的なものだと軽視していたが、相手こそ自分の案を認め評価する源であり、中心軸だ。心がわからずして何がわかる。こう思い、自分の心や考え方をもう一度、冷静し見詰め、それこそ論理的にまとめてみた。その答えをこっそりと宝物にし、もっと良くなるように工夫しようと試みる。
 感謝という言葉が来る。今まで多くの人に支えられ、助けられて生きてきた。恩返しをしたい。もうかなりロスタイムはあるが、何とか役に立ち貢献したい。
 こう願うと、チャンスが訪れる。難しい仕事や大所帯でやらねばいけない事業も任せられるようになった。切り札に論理思考がある。優しさや思いやりの上に、論理思考を働かせれば鬼に金棒だ。いやもう鬼ではない。人生が楽しくなる。
 
 目標
 到着すれば、そこに美味しい食べ物屋があると思えば、遠い道のりも足が軽くなる。ただ歩くだけではきついのだ。仕事だって、週末に楽しいデートや家族団欒が待っていると思うと張り切ってリズミカルに実践できる。
「第1バケツで穴を埋め、次の日はまたシャベルで掘りなおす。こんな作業を何年もやっていたら、気が狂うか、自殺する。」
とはドストエフスキーの「死人の家の記録」にある。
 出獄の暁には、恋しい家族との再会があると希望を抱けば、寒風の辛い労苦も耐えられる。もともと罪を犯した人だから、罰はある。
罰が重過ぎる、何であんな罪を犯したのかと、自分を苛む。
 目標、希望を創り、組み立てることこそ、難関突破のカギである。
                          
 ロンドン
 A選手は、ロンドンオリンピック・マラソン出場選考レースで、見事、栄冠を勝ち取った。本命の選手からわずかに引き離されながら着いてゆき、競技場で抜き去る。苦しい時に胸のうちで唱えたいのは「ロンドン、ロンドン」である。どの選手もロンドンに行きたいのはもちろんが、Aは「選ばれたらロンドンに連れていってあげる。」と婚約者に約束した。
 「連れて行ってくださるなら、結ばれて良いわ。」
と返したかの詳細はわからないが、婚約者のために必死で走った。
 ゴールの向こうに彼女が待っている。ゴールとはこのレースばかりか、本番ロンドンのレースである。
「おめでとう。よくやったね。」
という言葉が待っている、ロンドンだ。
 太宰治の「走れメロス」で、メロスは友の待つ街へひた走る。自分の命と引き換えにおとりになっている友との約束を果たすためである。普段の倍、いや三倍以上に力を出してメロスは、そしてA選手は走る。
 ロンドン、ロンドンとリズムが良い。ロンロン、ロンロンあるいはルンルン、ルンルンと響きが素晴らしい。
 初めに言葉ありき。ロンドン、ロンドンという言葉を心にもらったランナーは、不可能を可能とする。本番の活躍が楽しみだ。 

 もうじき本番のレースが始まる。
                         
挫折
 信じる者から裏切られる。よくある話だが、信仰、信心で生きている者にとっては辛い。心の軸を失ってしまうからだ。もう一度、別の信ずるべき人を見つけるか、あるいはじっくりと裏切った相手の立場、心理等を見詰め、考え直そう。彼、もしくは彼女にとって、のっぴきならない状態があり、瞬間的に自分を犠牲にしたのかもしれない。包容力を持って、全体を見れば、良さを発見し好きになるかもしれない。自分にとって完全な人などいるはずはない。頑なに期待するより、過ちを認めてあげてよりを戻そう。相手や取り巻く状況の不完全さばかり気にしていては、世界が小さくなるばかりだ。
                              
 プロ
 プロとアマチュアの差は紙一重。将棋や囲碁では、アマチュアの凄腕が時の名人を倒すこともある。ただし1、2回の偶然であり、10番勝負もすればプロが9割以上は勝つ。もしそれ以上に勝てるならば、プロになれば良い。
 プロは命をかける。時間、場所、目的のいわゆるTPOをかけて戦う。笑顔と優しさを売るサービス業であっても、磨かれて高感度の笑顔でライバルと戦う。お客さまには感じの良い笑顔をふりまく場合でも、レベルアップを目指し、日頃の涙ぐましい鍛錬をもとに自然の作法でかもし出す。力が入っていないのを見せるところも、プロの極みだ。
 弘法は筆を選ばず。しかし選んだ末の筆で修行を積んでこそ、名人の域に達する・
 弘法も筆の誤り。天下の名人になっても、アマチュアの達筆に負ける時がある。プロであるのは、限られた時間なのかもしれない。やっとプロになって息切れし、中身はアマチュアに戻るのかもしれない。
 秘すれば花。プロへの戦略や戦術は内に秘めて鍛錬してこそ花が咲く。うっかり口を滑らせようものなら、瞬く間に後塵を拝す。戦略とか戦術とかおどろおどろしい表現をしても高が知れている。ただしその1歩が莫大な差であり、プロへの道となる。振り向けば、もう立派なプロ。戦術は真似されて並ばれる。ましてライバルが別の戦略を付加して戦うならば、五里霧中に陥りアマチュアの仲良し集団に組み込まれる。
 プロは幻、陽炎のようにはかなく短い瞬間かもしれない。だから尊い憧れであり、ざくざくお金が入る黄金郷である。
 プロはアマチュアの群れにいる。いやどのアマチュアもきらり輝くプロの片鱗を持っている。「私はプロだ」と宣言したその日から、プロの仲間に入る。




トップに戻る