時は友(1)

宮川俊朗

一 レールは恋人

 「はやぶさ」が三月十四日で姿を消すと聞き、博多駅に見送りに行った。二月十一日、陽は射していたが、ホームでは風がひゅうひゅうと吹き抜ける。まだ残りが1カ月はあるというのに、カメラを抱えた鉄道マニアでいっぱいだ。「はやぶさ」が駅にいるのは、五時三十三分から三十八分までの五分間である。
 その十分前には、長崎行きの「かもめ」と「ハウステンボス号」をつないだ格好良い車両がホームにいる。色彩といい、車両スタイルといい、一度は乗ってみたい。おしゃれな車掌が窓越しに見える。
 「はやぶさ」だって、小倉駅では大分からの「富士」と連結する。ブルートレインの愛称そのままに、全身を青く塗った車両がホームに着く。座席はもう既に満席の状態で、ラストランまで予約でいっぱいだ。
 老夫婦、若夫婦、三世代にわたる夫婦らしい組み合わせが、風吹くホームから伺える。たとえ一晩くらい眠らなくとも、思い出を噛み締め、更なる思い出を作ろうとしているようだ。
 カメラマンたちは、ホームの先頭からシャッターを切る。早くから三脚を用意して陣取る者も多く、向こう側のホームから撮ろうとするのは、手慣れたキャリア組だろう。
 私は様子を見るつもりだったが、釣られるように携帯電話に付いたカメラのシャッターを切った。お客でもないのに、たくさん集まる。見送る相手は人でなく列車だ。 
 九州と本州を結ぶブルートレインは、これで最後となる。夥しい寝台特急が、一本消え、また一本消えた。「はやぶさの前に消えた特急は何号でいつ」と聞かれても、記憶の片隅からなかなか出て来ない。廃止は需要と供給の関係で仕方がないと、ぼんやり割り切ったのだろう。
 しかし今度は違う。私自身のラストランが半年後の夏に控えているからだ。
「明日はわが身」といくら説教されても、本当に自分のことにならないと実感できない。お医者さんだって、大病を患い死に瀕してこそ患者の痛みや苦しみがわかる。
 私は定年になられた方を何人も見送って来た。送別会の席上で
「三十数年の長きにわたり、大過なく勤めさせていただきました。これもひとえに、ここにおられる皆様を初め、多くの方々にお世話になった賜物です。誠にありがとうございます。」
と挨拶し、しばらく間があく。
 次はどんな話かと、出席者は固唾を飲んで見守る。ご本人は口篭りながら、何かを話したい気色だ。あと少しで大過になりかけた危うさや逸話を語ってくれるなら、十分でも二十分でも耳を立てて聴きたい。しかし本人はあふれる思い出を噛み締めながら、「ありがとうございます」と深く礼をし、拍手が起きる。
 何と型通りの挨拶だろう。それからお酒を酌み交わすのだが、ご本人はちっとも酔わない。参加者だって型通りだし、ここで大過なぞ犯してはならない。いつもの宴会より切り上げ時刻は早く、花束を受け取ると、涙をふきながら待機中のタクシーに乗り込む。
 門前の小僧、習わぬ経を読み。例えはかなり違うが、定年送別会の有様はしっかり覚えている。そこで一連の流れを想うだけでも、じいんと胸に迫るのに、自分の当日はちゃんとできるだろうか?
 万感の思いが込み上げるちょうどその時、「大過なく」と象徴的に表現するのかと、人生の謎が解けたような気がする。
 「はやぶさ」にとって、すうっと延びたレールがスパッと切られる。恋しいレールとの縁切りだ。タイムリミットが迫る。走り去った「はやぶさ」の方向を見詰めながら、心は暑い夏に飛ぶ。ゴールが早く訪れないようにと祈るわけではない。名残り惜しさ、未練たらたらでは、見っともなかろう。
 しかしどん詰まった時に、思うようにならにのが人生か。一日、一日をいとおしく思う反面、とっとと終わってしまいたいという焦りが湧く。もっとも平然と仏頂面で生きていても、大過なくというキーワードが心に染みるはずだ。
 「ご心配ごとが、おありではないのですか。」と木村綾子が声をかけた。職場の女性である。仕事ができる美人と誉れが高い。

二 タクシー運転士

 昨年の十月から十一月にかけて、残業が続いたので、毎晩帰りはタクシーとなった。仕事は期限が迫っており、いくら頑張っても目処が立たない。十名から成るチームプロジェクトなので、私だけが先に帰るというわけにはいかない。
 十二時過ぎになれば、タクシーがビルの出入り口付近に停まっている。従って私が手を挙げる前に、後ドアは開く。タクシー業界は不景気の影響で競争が激しい。遠くで待つタクシーが、私の乗り込む様子を、羨ましげに眺めている。
 私は目を閉じて、五分でも十分でも眠りたいのだができない。というのも朝からずっとパソコンの画面相手に黙々と仕事をしてきたので、言葉を発したい衝動に駆られるからだ。
「夕食を食べた後、たった今まで仕事をして来たんですよ。」
「そりゃ、お疲れ様です。体を壊さんように気をつけてください。」
 運転士は安全運転に神経を集中しながら、ねぎらいの言葉を贈ってくれる。
「過労死にならないように、休養、特に睡眠は十分取られてくださいね。お風呂に入るのは、心身にとても良いのですよ。
 私たちも隔日に、朝八時から翌朝の五時までの長時間労働ですから、お客様の気持ちはよくわかります。」
と毎夜、どの運転士も同情とともに、自分が実践している健康法を添えてくれる。
 しかしその夜の運転士は、質問を重ねて来た。私はやはり目を瞑りたい気分になっており、質問には反発を覚えた。
「どんなお仕事をなさっているのですか。」
「社史の編纂で、再来月には発行しなければいけないのです。」
 もしここで、「どのような社史か」と畳み掛けて来た場合は、黙殺するか、
「あなたはしっかり安全運転に集中してください。」
とたしなめる腹づもりでいた。
 ところが二の矢はなく、間が空いた。時間にして二、三分のはずだが、たった二人の狭い空間では、とても長く感じられた。しかも話題が私の仕事に関わることだけに、ずっしりとした疲れとは別に、一通り話してしまいたくなる。
「社史の編纂は、基本方針が大事ですね。たくさんの史実を調べ、扱ううちに、興味本位で右往左往することになりかねなねません。新たな史実の発見で、内容の変更や修正をする場合でも、基本方針に照らし合わせて作業することが大切です、」
と生意気に捲くし立てた。
「貴重なお話を伺いました。」
 丁寧な答えに、私は調子に乗り、ほんの今まで行われた会議での内容を格好よく披露した。
「とても勉強になります。経営にも一脈通じるところがありますね。」
 正直、驚いた。恰も自信満々の四番打者が、初対面のピッチャーからいきなり胸元に剛速球を投げ込まれ、度肝を抜かれる思いだ。
「編纂が経営に通じるのでしょうね。」
 社史の編纂は経営の一環だから、経営方針に合致せねばならぬと説明するのは、もう蛇足のような気がした。
 タクシーは我が家まで半分の距離を残している。あとはどんな話を交わしていけば良いのだろうか。
 住宅街に入り、車の数が減ると
「私は二十年間、約三十名の社員を使って経営をやってきました。」
と時を噛み締めるように、語り始めた。
 頷きながら聞いていると、ご長男は医学部を卒業し、アメリカに四年間留学され、昨年の春から遠くの大学病院で勤務していること、更には奥様を今年の春なくされたことまで話を広げられた。
 運転士は恰幅がよく、青い制服を上等の背広のようにびしっと着こなしていらっしゃる。きっとほんの少し前まで、社長車の後部座席でゆったり座り、経営の構想を練られる日々だったにちがいない。私は客でありながら、社長車のお抱え運転士を務めているような緊張感を覚えた。
「息子の医学部でも、創立記念の百年史をつくり、我が家の床の間に飾っています。お客様がおっしゃるように、部数限定ですから何年か経つと、値打ちが上がるのかもしれませんね。
 ところで妻は、昨年の暮れ、五月までの余命半年と宣告されました。私は会社を知人に譲り、看病に当たることに決めました。妻は医者の宣告通り、春の盛りになくなりました。私は悲しみの三ヵ月後、タクシーに乗っているのですが、何もないですね。
 運転士は経営者と違って、資金繰りや営業で悩むことはありませんが、一日、仕事が終わればそれで終わり、家に帰っても独り、電気のスイッチを自分でつけなくっちゃ、真っ暗です。」
 尋ねたいことが、いろいろと頭に浮かぶ。
「息子は帰国後、北海道の大学病院で勤務医をやっており、『うちにおいでよ』と誘ってくれるのです。
 妻は病床の中で、『孫といっしょに住みたいね』としきりに言っていたので、妻への孝行と供養と思い、息子の家へ行こうかと考えているんです。」
「博多から北海道は遠いですよね。」
「でも行こうと思います。」
 私はタクシー運賃を払いながら、
「ありがとうございます。」
と大きな声で礼を言った。
「お客さんも、体にはくれぐれもお気をつけくださいね。」
 夜空には、たくさんの星が輝いている。あの星の向こうには、北海道が待っているのだろうか。
 家まで少し歩いた。門灯が点り、家族はもう眠っている。
「帰宅は何時になるかわからないから、先に寝ていていいよ。」
と伝えていた。
 愛犬ラッキーが、眠い目を擦らんばかりに出迎えた。
 朝食の準備には、早起きが要る。
 私は冷たい布団に横になりながら 
「あの運転士さんも幸せになってくれたら良いのになあ。長年、住み慣れた故郷を離れ、息子夫婦が居るというたったそれだけの地に、居を移すのは勇気が要るだろう。
 しかしあの方ならできる。長年、社長をやられた方だから、たったこれしきの決断ぐらいお茶の子さいさいだろう。」
と考えているうちに、穴に嵌ったように眠った。
 朝の光はまぶしく、朝食での会話はときめいた。いつもと同じメニューそして凡庸な会話のはずだが、昨夜の運転士さんの境遇を想うと、勿体ないほどありがたく、幸せな気がした。永遠から観れば、今の幸せは、短くはかないが故に、抱きしめていたい。そしてあの社長運転士さんも、もう一度、幸せをつかんで欲しい。日が昇る空を眺めながら祈った。

三 タクシー運転士2
 同じタクシー運転士でも、春口英一は鋭敏な神経の持ち主である。私たちは二十三歳から六十を目前にした今日まで、友人として付き合って来た。と言ってもずっと頻繁に会ってきたというわけではない。二十代では、熱っぽく議論する時期もあったが、さみだれ式に、それも雨だれがぽつり、ぽつりと落ちるように年に二、三回程度の方が多かった。
 それもこれも春口が鋭敏な感覚のため、波乱万丈の生き方をしているからだ。子供の頃から将棋が好きで、プロ直前の腕前だ。その一方、詩人ではランボウが大好きで、「地獄の季節」はいくつになっても手放さない。この秘密を知っているのは私ぐらいで、故に友人たるものだが、彼の神経にしたら、ランボウぐらい情熱的で光速の詩人でなければ、もの足りない。
 しかし職業については、ランボウの悪いところを見習ったかのように、転々としている。三十代で会社の専務取締役に上った。ところが会社の方針と自分の理想に溝を感じ、「このままでは詰まらん。」と保険の代理業に就いた。先が良く見えるというより、ずっと先の暗黒な面が気になって、ぷいと鞍替えをする。保険の代理業とは、交通事故などを負った被害者と、保険支払い側の代理人として示談交渉を行う。負傷している相手だから、気を使って大変だろうが、事故を次から次へと裁いて実績を積んだ。客観的な状況判断に駆け引き、そして決断力、プロ級将棋指しの面目躍如で、鞭打ちの後遺症でまだ痛がる相手に対し
「そろそろ働かれて、ご家族を喜ばされたらいかがでしょうか。体を動かすのは、心身のリハビリにも最適ですよ。」
と円満な示談を勧める。
 しかしこの仕事も五年とは続かなかった。仕事の忙しさ以上に、「所長が、職場の女性と不倫している。」と見抜いて、ついに酒席で口論となった。別に現場を見たわけではないが、彼独特の勘である。勘の走りは、良い面も悪い面も現れる。この修羅場の最中に、私たちは頻繁に会っていたから、春口の激しい口調から仔細まで覚えている。きっと家族以外に話す捌け口は、私だったのだろう。
 当然ながら私の方からも悩みや苦労の一端を告げる。お互いに大した助言や忠告はせず、せいぜい頷いて聞いてあげる。それでパンパンに張り詰めた風船がゆっくりと収まる感じで、次の一手を指せるようになる。実際、春口はまもなく辣腕を発揮してきたお気に入りの仕事を辞めた。
「IT関係のベンチャー企業に挑んでみたい。」
と目を光らせたが、語気は弱かった。
 目処が立っていなかった。

 いづれかがピンチに陥ると、会う間隔が長くなる。成功しているなら話も弾むが、今一の場合は、気まずくなるのは見えている。
 「久しぶりに会おうか。」と春口の方から電話してきた。木枯しがビュービューと吹いている。年内に会っておきたい。
 美味しい昼飯を黙々と口にしていると
「ベンチャーは難しかったよ。今はタクシーの運転士をしているんだ。」と自分から言い出した。
 夏の二ヶ月かけて、運転免許を取り、面接で採用された。道を覚えるのが大変で、給料が月々変わるとも語った。
 私自身も給料はそれほど高くなく、子供を大学にやっている最中で生活はやっとこさっとこだ。しかしどう見積もっても、現在は、春口の方が収入は低くそうだ。
「妻がパートに働きに出てくれるようになった。」
とぽつりとつけ加える。
 将棋で例えれば、守勢に回り、何とか局面を維持しているようだ。
「安全が大事だね。」
「そうだよ。安全運転が基本だ。」
 私たちはにこりと笑い、街角で別れた。
 免許取り立てての運転士が、プロとしての接客応対から深夜運転までできるのかしらと心配だ。だから「順調に行っているか」と尋ねたいのは山々だが、暗い答えが返って来るのが恐ろしくて放っておいた。
 それでも一ヵ月後に呼びかけると
「じゃあ、会おうか」と快い返事だ。
 私が細かく尋ねる前に
「地理は大体覚えて運転できるようになったが、収入は上がらず共働きで何とか生計を立てている。深夜に眠くなると注意散漫になるから、気をつけている。どうしても眠たい時は十分でも公園で眠るようにしている。」
と微笑んだ。
 インテリを自称する春口にしたら、全てが新しい経験であり、懸命に習得しようとする姿がありありと見える。もし私が「代わりに運転しろ」と命じられたら、容易ではない。
 しかし聞くばかりでなく、自分のことも喋りたい欲求にかられ
「時間がある時は、エッセーを書いているんだ。」と趣味を話すと
「僕も俳句を作っているんだ。運転の合間に、ふっと気がついたことをメモにする。それをひねっている内に俳句になるからおもしろいよ。忙中閑ありの気晴らしというところかな。」
 詩人の片鱗が生きている。芸は身を助けるなど、嬉しい言葉が浮かんだ。ただし私たちは、会うのを一時間と決めている。私は昼休みを当てているし、時間に厳格なのは持ち時間を重んじる将棋指しの真骨頂である。それ以上長くなると、お酒が欲しくなる。
 もう一回会った時も、ほぼ同じ内容であった。

 三月十三日快晴、「はやぶさ」とグッドバイする前日である。
 春口は嬉々として早めに座っていた。なぜか私から切り出さねばならぬ雰囲気がある。語りたい秘密の宝物を持っている。あたかも名人が静かに座っていながら、妙手を秘めているのを伺わせるのに似ている。
「不景気だから、収入を上げるのは骨が折れるだろう。」
「お客様の財布のひもは確かに固いね。」
 ここで間を取るのが、名人の品格たるものである。しかしそれは後から思うことで、当座は突っ込んで尋ねてよいものかと考えあぐねていた。
「君も大変だろう。」
「それがねえ。結構うまく行っているんだよ。」
と笑みを湛えて、手の内を明かしてくれた。
「ある八十歳の男性をたまたまお乗せしたんだ。ところが帰り際に、『次もお願いするよ』と頼まれたんだ。
 君も知っている通り、僕たちタクシー運転士は、一昼夜の交代勤務なんだ。つまり朝七時から翌朝の五時までが仕事で、その日は非番になる。「だから毎日と言われても無理です。」とお断りすると、
「じゃあ、君の勤務に合わせて、二日に一回にしよう。」とおっしゃってくださった。
 そのご老人は、奥様を数年前なくされ独り暮らしだが、すこぶる元気だ。本当はやっとかっとで、元気を回復されたのかもしれないが、ご自分で買い物に行かれる。初めは家の近くのスーパーへの送り迎えであったが、「デパートに行きたい」と申し出られた。
 私はご老人をお連れしたものの、じっと待っているのも何だから「お荷物をお持ちしましょうか。」と提案すると、「じゃあ頼むよ。」とデパートの買い物に、二時間も三時間もついていくことになった。お昼にさしかかれば、食事をされることもあるが、「料金メーターは倒しておいてください。」と大目に見てもらう。
 もうイライラして待つ必要はない。時は金なりで、あっちのデパート、こっちのデパートとウインドウ・ショッピングと梯子をされ、タクシーのメーターはカチャ、カチャと気持ちよく上がるんだ。
 仲間の運転士たちは、必死で街を駈けずり回っているのに、僕はデパートの中をカバン持ちでゆっくり、ゆっくり歩き回っているんだ。おまけに月に二回は、弟に会いたいと片道八千円で、隣町まで運転することになる。おかげさまで、僕は会社で稼ぎ高のベスト5に常時入っているんだ。
 春口は話し方に抑揚があり、タイミングよく間を取る。俳人願望だけに言葉を選び抜くから、間はしっかり考える知的生産の時間だ。私も春口がたった今、喋ったばかりの言葉の意味や背景、深層心理まで探りたい方だから、間は絶好のチャンスだ。もっとも我々は長年の友だから、一々深層心理などと大げさに探らずとも、おおよその見当はつく。
 春口は賢くてものわかりが良く、優しい。しかし気分にむらがあり、あきっぽい。誇りを傷つけられ、辱めを受けるとプッツンしやすい。このプラスとマイナスが交錯し、どちらを取ろうかと思案する時、間があく。躊躇すれば、内面をあからさまにすることになる。本当のやり手は、困った時でも間を詰めて、滑らかな口調で進める。しかし友達に術数は不要で、どんなに沈黙が続いても、私は美味しいご馳走を頬張って楽しめる。
「仲間の運転士はとても羨ましがる。コンスタントに高収入を得るなんて、なかなかできん。僕だって、このご老人にお逢いするまでは、四苦八苦で収入も波があった。」
「企業秘密だね。」
「そうだよ。第一、僕はタクシー運転士なんだ。ところが運転時間の倍は、高級デパートやショッピング街を歩き回っているのさ。
 もう二ヶ月は続いているから、デパート巡りは、楽しみ以上に習慣、いや生活の一部になっているよ。」
 ちらりと腕時計を見ると、あと五分で職場に帰らなければならない。聞きたいことがいっぱい頭に浮かぶ。
「幸運に恵まれて良かったね。」
と喜びの気持ちを送った。
 春口は今や勝軍の将だから、兵のこと、つまり幸運に恵まれた要因やお客様の人となりを話したいはずだ。八十歳の矍鑠たるお客様は、春口と甲乙つけ難い将棋の名人かもしれない。いや二十歳以上も年の差があるのなら、同じ力量を持っていても、歴然たる優劣がつこう。それとも羽生や谷川、渡辺のことを話しているのか。
 いや厳しい勝負事より俳句で気が合うのかもしれない。実は、お客様は俳句の名人で、修行中の春口に手取り、足取り教えている。デパートに付いて来させては、人の流れや光景を俳句に作らせる。もちろんご本人も作られる。互いに出来立てホヤホヤの作品を披露しつつ、ご教授される。
 二日に一日は一緒に過ごしているから、名句づくりの種を明かせば、あっという間に終わる。しかし相性の良さとともに、互いにきらりと光るものを感じ、尊重しあっているにちがいない。
「そのお得意様をご自宅までお乗せし、あと二、三人のお客様をお乗せすれば稼ぎはばっちりだよ。」
「羨ましいぐらい順調だね。」
 お客様の正体を知りたいのは、山々だ。1ヵ月後にまた会って詳しく聞きたい。ただ涙ぐましい努力による幸運が続くことを願うなら、もっと先まで会うのを延ばして、継続を確かめるだけで良い。というのもその日の春口は、近年稀に見るほど、笑顔と光にあふれていたからだ。




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