時は友(2)

宮川俊朗

四 みやげ話
 別の友達とは、険しいことが起こる。生涯の友は三人ぐらい、それも「必要な時の友は真の友(Friend in need is friend indeed)」と英語の授業で習った。
 三人の友の一人が小島勇夫で、なぜか出張の時には、必ずと言ってよいほど電話をかけてくる。社会的な地位や収入の面では、小島と会うときは、私と対する際の山口の立場に立たされる。それは取り立ててお互いに確かめたわけではなく、心の中で思っている。正しくは私の心の中である。必ずや山口も私に同じ思いを抱いているだろうと推察する。 
 山口君譲りの勝負勘で、小島を看破していくわけだが、小島も山口と変わらぬ大事な友である。第一、夜訪れるから、酒とともにである。ビジネスホテルに翌日の仕事に備えて泊まる。独りでテレビを観るには、夜は長い。従って私を呼びつけるのだが、一週間前に都合を聞いてくるのは、仁義というものだ。
 小島との五年前の再会は、久し振りとあって感激はひとしおだった。「中学生時代にどれほど親しかったっけ」と心のアルバムをめくり直した上で、握手した。本当は相手のことより、再会という行為自体に感激していた。だからおずおずと譲り合いながら、手を差し伸べるという按配であった。しかし年に二回は判で押したようになってからは、旧友よりも近しい友となった。
 「中学生時代のあの頃は」と、まるでテレビCMのようなフレーズから、二人だけの同窓会は始まる。二時間も話せば、先生や授業のことから友人まで、思い出は山盛りある。
「Tは可愛かったけれど、勉強ができるからきつい所があったね。」
「Tを含め、僕たちは常にクラスのベスト5を形成していたから、ライバルさ。いくら美人と憧れたって、おめおめと手の内は明かすまいよ。第一、君と僕だってそれほど親密にたくさん話すことはなかったと思うよ。」
「ここで二時間話せば、一学期分のボリュームはありそうだね。」
 十五歳は、感受性が自分でも驚き持て余すぐらい育つ年頃だけに、その時の印象を披露しあうだけで、目新しく思われる。
 この感受性に柔らかくも鋭く触れたテーマは、その後も事ある毎に出現し、良くも悪くも思想の中核を形成している。そして印象の披露は次回の話題へと膨むのがわかると、もう一度、親友として付き合うようになった。もはやおずおずと握手のタイミングを考える必要はなくなったし、そもそも握手の必要がなくなった。
 代わりに、仕事の上で抱えている問題について語り合うというか、友という場を借りて吐き出すのが多くなった。
 店は料金格安のチェーン店だけに、わいわいがやがやと賑やかで、思考のために延びちまった間も余り気にならない。それにどうせ別々の会社のことから
「大変だね。」
「それはそうだろうねえ。」
と相槌を打つのが、お互いのマナーとルールになっていった。
 
 小島は出張が増えるたびに、身に纏う背広やネクタイが高級になる。きっと大事なお客様と会うのだろうと読み取れるし、二回に一回は奢ってくれるようになった。タクシードライバーの山口には、割り勘で通していることを思えば、忸怩たる思いがする。
「ちょうどその日は、スケジュールが入っているんです。」
「もし都合がつけばと思って誘ったので、またにしましょう。」
とコンプレックスは、競争の裏側で、敗色濃厚でも「まだまだこれから」という根性が毅然とした態度を支える。勝勢の方は、競争なんて二人の間には存在せずとばかり、余裕綽綽だ。
 それでも会って話すのは気が合うからだし、会えば友達だ。
「僕たち団塊の世代は、何かと社会問題になるね。」
「だって人数が多いから、前の世代と同じことをやっていても、すぐに問題が顕在化する。大学受験だって僕たち現役生が約二百万人で、上から百万人の浪人生がおりてきてきた。試験後には、やっぱり約百万人が浪人となり、翌年の受験に挑んだ。一事が万事だ。」
「しかし僕たちにとっては、団塊なんておもしろくない名前だね。」
と社会問題を棚卸しする内は、少々議論してもおもしろかった。いわゆる常識的な見解に異議を申し立て、相手が若干の批判を加えながら、また独自の意見を出す。卓球で打ち込まれたスマッシュを、きれいに別の角度で返すのに似ている。
 ところが、小島はいつになく熱っぽく語り出した。
「僕は職場ではやり手で通っているんだ。あいまいに済ますことができない。だから部下にも徹底して問い詰める。もちろん部下にも言い分や考え方はあるから、しっかり聞いている。」
「団塊世代の典型だね。議論が大好きだ。」
「陰に篭るのはいやなんだ。二人で差しになり大いに語りたい。」
「相手は迷惑だよ。君が積極的になればなるほど、相手は殻に閉じ篭ってしまうだろうよ。」
 私は彼の部下に、見たことはないが同情を感じた。
 次回も酔いが回ると、職場の話をした。友達の間では、心の内を告げるのは無礼講だと思っている。几帳面で礼儀を重んじる性格からして、あながち悪いことではない。特に告白する相手は私だけと決めている。私は理由を尋ねたいが、話し辛くなりそうだ。
 小島にしたら、私が「そうだね」「そうかもしれないね」とのらりくらり返事するのが好ましい。ちゃんと聞いてはいるが、批判や非難めいたことは言わない。従順なキャッチャーがどんな荒れ球でも身を挺して止める。好球なら「すごいスピード」と誉めるなら、ピッチャーはどんなに勇ましく投げられることか。本当はキャッチャーが豪腕投手を握り操っている。小島はまさに荒れ球を含めた豪腕投手だ。
 しかし私はキャッチャーとして速い球を投げ返したく思うとき、親切を超え、芥川龍之介の言葉をふと思い出した。
「生活のための文筆は、水商売の仕事と同じで、ホステスと話しながら同情を禁じえなかった。」と述懐している。心より同情したなら、お話しだけには留まらなかったかもしれない。
 そもそも作家が生活を外して執筆など難しく、それこそお金持ちの子弟か、パトロンになるしかない。売文は職業の別名だし、社会とのつながりを断ち切った文章など誰が読むのか、独り善がりも甚だしいと読後感を抱いた。
 小島の話を聞いていると、芥川の感傷がわかる。金をもらえるなら、短絡的には酒を奢ってもらえるなら、今宵はハッピーだ。
「我々は合弁会社に出向したんだ。Tは優秀で将来有望と見込まれていた。以前、私の部下だったのでよく知っており、実は私がぜひにと頼みこんだ。遠くの出向で、私は単身赴任と決めていたが、Tは子供も小さいし家族同伴と思っていた。ところが蓋を開けてみると、同じく単身赴任となり、帰りに一杯が多くなった。
「そこでよく語り合い、説教をしたのだろう。」
 小島の顔がゆがんだ。
「僕の考え方や培ってきたやり方を教えたんだ。本格的には昼間の仕事を通してやる。同じ会社の誼みで、手の内を伝えたかった。」
 しっかり弁明している姿は、息苦しそうだ。
「Tは昨秋、失踪したんだ。当時の勤務状況から家族との関係の調査など大変だったんだ。どこかに生存しているのは、微かな便りで明らかだが、どこかわからないんだ。」
 小島はもっと詳細に語ったように思う。何杯か飲みながらであったが、ちっとも酔わず顔面は却って蒼白くなっていった。
 私は質問を挟まず、単に聞いていた。これだけ全体像を語るのは、初めてにちがいない。幹部だけにうかつに疑念や弱みをペラペラ喋るわけのは行かない。Tの家族は驚きとともに、ガードを固めただろう。
「それはそれとして割り切り、あなたが早く元気になって欲しい。」
と抱くであろう思いは、私も同じだ。
 ともかくタイムリミットの二時間半が訪れ、陽気に別れた。
 
 平成21年は太宰治と松本清張の生誕百周年とあって、話題にした。小島は清張を愛読しているのに、太宰について言及する。私は逆に無理をして清張の作品を読み進める。内面を綴るか、事件を通して人間を描くかで、体裁はかけ離れている。しかし根っ子は、豊かで深く、人間大好きという点で似ている。そして清張に通じる事件が、小島に起きた。彼の内面が太宰の助けを借りたがっている。
 二ヵ月後の早春に、電話がかかった。経過を知りたい気はあったが、土曜日の夜で断った。家族団欒と決めている。
 次の連絡があった五月には、万難を排して会ってあげることにした。彼は私とのスケジュールを確定後、方々の会合を決めた。
「どこか美味しいお店に行きましょう。僕が持つから」
という営業マンらしい提案に、「いつもの店で」と軽く返した。
 店は賑やかで、魚が窮屈そうに泳ぐ水槽前に座らされる。定位置である。前段は短かった。ただ失踪した部下の話ばかり聞かされるとは想定しなかった。能面のような小島の眉間に皺が寄る。
「Tについては心理的な負担が問題となった。ただ厄介なのは家族なんだ。そう奥さんとの関係がうまく行っていなかった。子供は二人いるが、冷え切っており、涙ひとつ流さないんだ。」
「奥様は君と面談する前に、随分と涙を流されたんではないの?」
 ユーモアと皮肉の境界線ギリギリの感想を述べた。余裕があれば、ユーモアと受け止められようが、なければ皮肉とみなすだろう。
「単身赴任のマンションからは、ラブレターが出てきたんだ。日記には『こんな辛い思いを重ねながら、家族は冷たい。どうして温かい手を差し伸べてくれないのかしら』と綴られてある。 
 奥様に渡すと、つらつらと読み、さっさと大きなバッグになおされた。ところが、ご家族、つまりT君のご両親には、日記も恋文も見せなかった。ご両親は悲嘆に暮れるばかりで、「なぜ失踪したのかわからない。原因をマンションの隅から隅まで探そうとするが、叶わぬまま故郷に帰られた。」
 小島は一連の事件を客観的かつ冷静に見詰め、対処していった。この手腕があればこそ、今日の営営たる地位があり、更なる昇進に向け現在進行形である。
 しかし根は優しい男だ。人の気持ちや心の痛みがわかる。高校時代には、過労から入院、休学した。過労とは野球部で日暮れまで練習しながら、受験勉強を頑張り過ぎたことによる。私たちの受験校は、一年で二年生の、二年で三年生の勉強を強いる。朝の補習に宿題をどっさり与える。元々体が強い方ではなく、野球で鍛えようとして疲労困憊となった。ただ回復してからは、野球こそ辞めたが、有名大学に合格し、今日の晴れたる彼がある。
 私はカバンの奥からタバコを取り出し、感想を話す。
 「失踪は原因がよくわからないのが普通だ。本人だって、失踪に至る原因を点で押さえられないし、周囲の者だって余程の前兆がない限り、ひょっとしたらなんて考えないはずだ。自殺なら、マインレンデンが説くようにグルグル回る渦の中へ吸い込まれるように決行する。失踪、おそらくは彼女との逃避行も、欲望と疲労の渦の中で、大胆な決行へと向かったのだろう。」
 私は相手が冷静に話す時は冷静に、ロマンティックに語る時は波長を合わせてロマンティックに話した。人生経験から得た処世術であり、元を正せば将棋の戦略から学んだ。緩急は波長を伴にし、機が熟すれば切り札を出す。切れ味をいや増すために、タイミングを計る。小島も似たような性分であり、故に友として選んだ。
 私は低空飛行の人生行路ゆえ、生きるための戦略は磨きがかかった。花がなかなか咲かない者が、大それた戦略を抱いているとは、殆どの者は気が付かない。年から年じゅう、昼あんどん。小島こそ私の本姓を早くから見抜いている。
「Tは家族をうらんでいたが、救いを求めていた。私は彼が居なくなってから、奥さまの就職のお世話をしたし、一生懸命働いておられる。二人の子供は高校生だから、稼がなければ生活が成り立たない。奥さまは活発でよく喋られる。」
「Tさんは大人しい性格だろうね。」
「有名高校、大学卒で、将来有望なエリートだった。だから僕も引っ張っていったし、基礎から教えようとした。」 
 小島は悔い悩んでいる。悩みは喉に刺さった魚骨のようで、その苦しみを告げる相手は、私だけなのだ。
「君としてはできる限りのことをしてあげたんだ。」
「それはそうだけどねえ。」
 しばらく間が開き、小島は健康のため早朝の散歩について話し
「今日は僕の話を聞いてくれたから。」と勘定を払ってくれた。

  三ヵ月後の梅雨時に、私たちはまた同じカウンターに座った。小島は酔う前から、Tのことをすぐ話し始めた。
 職場は冷静さを取り戻し、奥様は日々仕事に出て、子供たちは元気に高校へ通っている。しかし夢にうなされることがあり、汗をびっしょりかき、胸がしめつけられる。検査してもらうと心臓に異常はない。
 小島は水槽を見詰めながら話す。魚が泳ぐ加減で光がはね、小島の苦しそうな顔が水槽に浮かぶ。
「済んだことをくよくよ考えるのは、体に毒だぜ。あんたがぼんぼん稼いで、Tの子供さんたちにお小遣いをあげたら喜ばれるよ。」
「そりゃそうだね。」
「夢を見るなら、可愛い女の子と温泉旅行に出る夢ならどうだ。どこに行こうから、ホテルの記帳は何と言う名前にするか等を考えていたら、あっという間に朝が来るよ。」
 私は普段は飲まない酒のペースを上げた。酔いたい。
「楽しい夢を見たいよね。
 今回の出張先の近くに、Tの実家がある。奥様に打診したら、『行かない方が賢明でしょう。』としきりに懇願した。しかし僕は勇を決して伺うことにした。ご両親とも喜んでくださったが、母親は『どうして失踪なんかしたのでしょう。』と詰問された。
『どうしても合点がいかない。それに息子は「あの方は厳しい人だ」と帰省そ際、こぼしていた。救いは、高校生の孫たちが遊びに来てくれるから嬉しい』と語っていた。
 一時間ぐらいお邪魔したが、父親は黙ったままだった。」
 私はただ聞いていた。
 ご両親は職場で何があったのか。それが原因で、逃げ出さざるを得なくなったと疑っておられる。遠く離れていたら、心はそこにしかなく、事が起きてからは悲しみに藪と霧がかぶさっっている。
 小島にしたら、夫婦の不和を最大の原因にしたい。しかし愛する子供もいるのに、僅かな不協和音ぐらいで失踪するだろうか。この疑念は、小島自身が最も負担に思うことだ。よく実家まで足を伸ばしたものだ。火中の栗を拾おうとするようなものだ。さんざん白い目で見られ、なじられ、わざわざ地獄を見に行くようなものだ。
 小島は酒を飲みながら、わあんと泣き出しはしないか。答えは胸に持っているだろう。
 Tに本当に彼女ができたのか。その前に奥様に彼ができたのか。順序はともかく両者は同時進行か。何せ離れた夫婦には電話以外に、心を通わせるものはなかった。
 しかしシャイなTをそこまで追い詰めたのは、小島ではないか。私が疑念を抱く以上に、本人が過去の言動を、割れた壺を修復するようにまじめにきつく振り返る。
 それよりTは連絡を取っているのではないか? 愛する子供、心配が老いに拍車をかける父母にこそ「僕は元気だ」と知らせている。
 憎い小島の手前、しみったれた逃避行を演じている。あるいは夫婦で悪知恵と涙を絞って作ったシナリオか。
 遠い私には、すべてが藪の中だ。あるいはTが藪に踏み込んだゆえに何でもできる。
「推理の今こそ、清張さんの出番だぜ。」
「いやいや、喜びや悲しみの内面から読み進めば、太宰の世界だぜ。」 
 次は僕が奢ってあげて、好きなことを言わせてもらおう。一度として泣いた顔を見せない男の涙は貴重だぜ。それでも友達なのか。藪を駆け抜けるには、脛に傷もへいちゃらさ。僕たちはまだガキ。
ガキの友達さ。しかし白昼に互いの顔をさらす羽目になると、照れる。

 「はやぶさ」の賑わいは、加熱するばかりだった。私は最終走行を見るのが切なく、三日前にもう一度ホームに上った。風雪に変色した「はやぶさ」のプレートは、夕陽にくっきり映える。
 助役が、動き始めた列車に近づく写真家をきつく制止した。
 ホームが空になってから、助役に話しかけた。制服が似合う。
「これぐらい沢山のお客様が毎日、乗ってくださったら、「はやぶさ」を止めんで良かったのですね。あとは安全に務めるだけです。」
 私は直立不動で聞いていた。

 ラストランの翌日から、街は祭りを終えたように静かになった。
 私は春口のそれからが気になる。何かあれば連絡して来るだろう。あと一ヶ月待つことにした。



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